【オリャンタイタンボ遺跡観光ガイド】インカ帝国最後の抵抗拠点と太陽神殿の見どころ

クスコの観光
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クスコから約88km。

聖なる谷(ウルバンバ渓谷)の中心部に位置するオリャンタイタンボ遺跡(Ollantaytambo)は、
インカ帝国時代の重要な行政都市であり、軍事拠点としても利用された遺跡です。

現在はマチュピチュへ向かう鉄道の発着駅として知られていますが、
インカ帝国の歴史を語るうえでも欠かせない場所です。

ちなみに、「タンボ(Tambo)」とはインカ時代の宿駅や宿泊施設を意味します。

私も聖なる谷を巡るツアーの途中で訪れましたが、
巨大な段々畑や精巧な石積みを目の前にすると、
なぜここがインカ帝国最後の砦と呼ばれているのかがよく分かりました。

今回は、聖なる谷を代表する遺跡のひとつ、オリャンタイタンボ遺跡を紹介します。

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オリャンタイタンボ (Ollantaytambo)

住所:Ollantaytambo 08676 ペルー

基本情報 内容
営業時間 7:00~18:00
定休日 無休
入場料 クスコ観光券(Boleto Turístico)利用
周遊券Ⅲ 70ソル ※2日間有効
総合周遊券 130ソル ※10日間有効

周遊券Ⅲ対象施設

  • ピサック遺跡
  • オリャンタイタンボ遺跡
  • チンチェーロ遺跡
  • モライ遺跡

総合周遊券対象施設

Ⅰエリア

  • サクサイワマン遺跡
  • ケンコー遺跡
  • タンボ・マチャイ遺跡
  • プカプカラ遺跡

Ⅱエリア

  • 州立歴史博物館
  • クスコ市庁宮殿・現代美術博物館
  • 庶民美術博物館
  • コリカンチャ博物館
  • セントロ・クスコ・アルテ・ナティーボ劇場
  • インカ・パチャクテックの塔・博物館
  • ティポン遺跡
  • ピキヤクタ遺跡

Ⅲエリア

  • ピサック遺跡
  • オリャンタイタンボ遺跡
  • チンチェーロ遺跡
  • モライ遺跡

※料金は訪問当時のものです。

 

オリャンタイタンボの歴史

オリャンタイタンボは15世紀頃、
第9代皇帝パチャクテクによって整備された都市と考えられています。

農業生産と軍事防衛の両方を目的として築かれ、
聖なる谷を支配する重要拠点として機能しました。

1532年にスペイン人によってインカ帝国が滅ぼされた後も、
この地はインカ側の抵抗拠点となります。

特に有名なのが1536年のオリャンタイタンボの戦いです。

マンコ・インカはスペイン軍に対して反乱を起こし、
この地に立てこもりました。

そして周辺の水路を利用して平地を水浸しにし、
騎兵隊の動きを封じることでスペイン軍を撃退したと伝えられています。

これはインカ軍がスペイン軍に対して収めた数少ない勝利のひとつとして知られています。

しかし最終的には防衛が難しくなり、
マンコ・インカはビルカバンバへ撤退しました。

そのためオリャンタイタンボは、スペイン軍に対するインカ最後の大規模な抵抗拠点のひとつとして知られています。

巨大な段々畑(アンデネス)

遺跡を訪れてまず目に入るのが、山の斜面を覆う巨大な段々畑です。

インカ帝国ではこれらをアンデネス(Andenes)と呼び、
農地としてだけでなく土砂崩れ防止や排水調整の役割も果たしていました。

山肌に沿って整然と並ぶ姿は圧巻です。

この段々畑の脇に設けられた石段を登りながら上部の神殿エリアへ向かいます。

ただし傾斜はかなり急で標高も約2,800mあるため、
高山病の症状がある方は無理をしないよう注意が必要です。

私も実際に登りましたが、想像以上に息が上がりました。

太陽神殿と謎の巨石建築

段々畑を登り切ると、
遺跡最大の見どころである神殿エリアに到着します。

ここには6枚の巨大な花崗岩を並べて造られた壮大な石造建築が残されています。

高さ約4m、幅約10mにも及ぶ巨大構造物で、一般的には太陽神殿と考えられていますが、
未完成の状態で放棄されたため詳細には不明な点も残されています。

巨大な石材は谷の反対側から運ばれたと考えられており、
その重量は数十トンに達すると推定されています。

現代の重機がない時代に、どのように運搬したのかは今なお研究が続けられています。

インカ文明の高度な石造技術

太陽神殿周辺では、インカ建築特有の精巧な石積みを見ることができます。

巨大な石の間には薄い石材が挟み込まれ、わずかな隙間もありません。
モルタルを使用せずにこれほど精密な加工を行った技術力には驚かされます。

実際に近くで見ると、その精密さは写真以上です。
インカ文明の建築技術の高さを実感できる場所のひとつでしょう。

岩肌に残るピューマの姿

神殿周辺の岩山をよく見ると、
岩肌に彫られたピューマの姿が確認できます。

非常に分かりにくいため見逃してしまう人も多いですが、
ガイド付きツアーではよく紹介されるポイントです。

ピューマはインカ神話において重要な動物であり、
クスコの都市設計もピューマを模して造られたと伝えられています。

山の向こうに見える食料倉庫群

遺跡の反対側の山腹には、小さな建物が並んでいるのが見えます。
これはインカ時代の食料倉庫(コルカ)です。

高所で風通しが良く乾燥した環境を利用し、
トウモロコシやジャガイモなどを長期保存していました。

現代で言う巨大な備蓄施設のような存在です。

岩肌が人の横顔や神の姿に見えることから、
地元ガイドの間ではさまざまな伝承が語られています。

現在も残るインカの町並み

オリャンタイタンボの魅力は遺跡だけではありません。

遺跡の麓に広がる町そのものが、
インカ時代の都市構造を色濃く残しています。

石畳の路地や石造りの壁、灌漑用水路は現在も利用されており、
約500年前の都市計画が現代の生活の中に息づいています。

スペイン統治時代にも完全には改変されなかったため、「生きたインカの町」と呼ばれることもあります。

遺跡見学後はぜひ旧市街も散策してみてください。

アクセス

クスコから

  • バス:約1時間30分~2時間
  • コレクティーボ(乗合バン):約1時間30分
  • 現地ツアー:聖なる谷ツアーで訪問可能

マチュピチュ方面から

  • オリャンタイタンボ駅から鉄道利用
  • アグアスカリエンテスまで約1時間30分

多くの旅行者は聖なる谷観光とマチュピチュ観光を組み合わせて訪れています。

旅の終わりに

オリャンタイタンボは単なる遺跡ではありません。
インカ帝国の軍事・宗教・農業・都市計画のすべてを知ることができる貴重な歴史遺産です。

巨大な段々畑、精巧な石組み、未完成の太陽神殿、
そして現在も続くインカの町並み。

実際に歩いてみると、
インカ文明がいかに高度な技術と知識を持っていたかを肌で感じることができます。

私も訪れる前はマチュピチュへ向かう途中の遺跡という印象でしたが、
見学後は聖なる谷の中でも特に印象に残る場所となりました。

クスコやマチュピチュを訪れる予定があるなら、
ぜひ時間を取って立ち寄ってみてください。

当時この地で暮らした人々や、スペイン軍と戦ったマンコ・インカに思いをはせながら歩くと、
より深くインカ帝国の歴史を感じられることでしょう。



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