イースター島・タハイ儀式村周辺|歩いて巡るモアイと夕陽の世界遺産エリア完全ガイド

イースター島の観光
スポンサーリンク

現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。

そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースター(復活祭)で
あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけられた イースター島。

この謎多きモアイの島を9つのエリアにわけてみました。
下が全体のエリア別に分けたMAPです。


  1. タハイ儀式村周辺
    https://weekend-abroad-travelers.com/northamerica-southamerica/chile/easter-island/sector-tahai/
  2. 南海岸周辺
    イースター島 南海岸エリア観光ガイド|倒されたモアイが残るラパ・ヌイの静かな海岸線
    イースター島の南海岸エリアを詳しく紹介。アフ・アカハンガやアフ・ウラ・ウランガ・テ・マヒナなど、倒されたモアイが残るラパ・ヌイの歴史を解説。モアイ倒し戦争の痕跡、世界遺産の背景、アクセス情報まで実体験ベースでまとめています。
  3. ラノ・ララク周辺
    ラノ・ララク周辺|モアイ製造場と未完成モアイを歩くイースター島観光ガイド
    イースター島最大のモアイ製造場「ラノ・ララク」を詳しく紹介。モアイ・ピロ・ピロ、モアイ・テトカンガ・ア・ラノ、モアイ・イ・トゥク・トゥリなど見どころを、現地で歩いた空気感とともに解説。ラパ・ヌイ国立公園の歴史、世界遺産登録理由、アクセス、観光情報もまとめています。
  4. アフ・トンガリキ周辺
    アフ・トンガリキ周辺|15体のモアイが並ぶイースター島最大級の絶景スポット
    イースター島を代表する世界遺産「アフ・トンガリキ周辺」を徹底解説。15体の巨大モアイ、サンライズ、16体目撮影スポット、日本援助による復元の歴史まで、実際に歩いた空気感とともに紹介します。
  5. 北海岸周辺
    北海岸×イースター島|アナケナビーチとモアイを巡るラパ・ヌイ絶景エリア完全ガイド
    イースター島北海岸エリアを実際の体験をもとに詳しく紹介。アナケナビーチ、アフ・ナウ・ナウ、テ・ピト・オ・テ・ヘヌア、パパ・バカなど、白砂ビーチとモアイが共存するラパ・ヌイ屈指の絶景スポットを解説します。
  6. プナ・パウ周辺
    プナ・パウ周辺|モアイの赤い帽子「プカオ」採石場とアフ・フリ・ア・ウレンガを歩く
    ラパ・ヌイ国立公園の中でも、モアイの赤い帽子「プカオ」が作られたプナ・パウ周辺を詳しく紹介。 アフ・フリ・ア・ウレンガの珍しいモアイや、赤い石の採石場跡、ラパ・ヌイ文化の背景、アクセス方法まで旅行者目線で解説します。
  7. アフ・アキビ周辺
    アフ・アキビ周辺のモアイ群|海を見つめる7体のモアイとラパ・ヌイの謎
    イースター島「アフ・アキビ周辺」を実際の旅行体験とともに詳しく解説。海を見つめる7体のモアイ、ラパ・ヌイ国立公園の歴史、世界遺産に選ばれた背景、日本との意外な関係、アクセス方法までガイドブックレベルで紹介します。
  8. アフ・ビナプ周辺
    アフ・ビナプ周辺|インカ文明を思わせる石組が残るイースター島の謎深き遺跡エリア
    イースター島南部にあるアフ・ビナプ周辺を詳しく紹介。インカ文明を彷彿とさせる美しい石組、倒れたモアイ、女性のモアイ像など、ラパ・ヌイ文化の謎に触れられる静かな遺跡エリアを実体験ベースで解説します。
  9. ラノ・カウ周辺
    ラノ・カウとオロンゴ儀式村|鳥人儀礼が残るイースター島最南端エリア完全ガイド
    イースター島南西部にあるラノ・カウとオロンゴ儀式村を詳しく解説。巨大カルデラ湖、鳥人儀礼、モトゥ・ヌイ、岩絵、住居跡など、モアイ文化後のラパ・ヌイ文化を実際の旅目線で紹介します。

今回はその中で、タハイ儀式村周辺を紹介します。

スポンサーリンク

ラパ・ヌイ国立公園 (Rapa Nui National Park)

1995年 ユネスコ世界文化遺産に登録。

登録名は「ラパ・ヌイ国立公園(Rapa Nui National Park)」です。

ラパ・ヌイは、チリ本土から遠く離れた太平洋上に浮かぶ孤島です。
島の先住民たちは、4〜5世紀頃にポリネシアから渡来したと推定されています。

島中に点在するモアイ像は、10〜16世紀にかけて制作されたと考えられています。
その後、部族間の抗争や社会の変化により、多くのモアイ像が倒されました。

それでも現在、島には800体を超えるモアイ像や祭壇、住居跡、洞窟、儀式跡が残されています。
ただの石像群ではなく、島全体にラパ・ヌイ独自の文化が残る場所です。

世界遺産に選ばれた背景

ラパ・ヌイ国立公園が世界遺産に選ばれた理由は、モアイ像の数や大きさだけではありません。

太平洋の孤島でありながら、ラパ・ヌイの人々は独自の社会、信仰、石造文化を発展させました。
巨大なモアイ像、アフと呼ばれる祭壇、住居跡、洞窟壁画、石組みの遺構が島の各地に残り、
島全体がひとつの文化景観になっています。

特にモアイ像は、祖先崇拝や部族社会と深く関わっていたと考えられています。
単なる彫刻ではなく、亡くなった首長や祖先の力を表す存在として、
海を背にして村を見守るように立てられました。

ラパ・ヌイ国立公園は、人類が隔絶された環境の中でどのように文化を築いたのかを示す貴重な遺産です。
島を歩いていると、モアイ像だけでなく、火山、海、草原、集落跡がすべてつながって見えてきます。

アメリカ大陸と太平洋地域の世界遺産をあわせて見たい場合は、こちらにもまとめています。

南北アメリカの世界遺産一覧|訪問国ベースで探せる国別索引ガイド
地図の上では遠く感じる国も、実際に歩いてみると、不思議なくらい「身近な場所」になります。マヤ文明の都市遺跡、アンデスの聖なる山々、ジャングルに眠る古代都市、氷河が削った大地の景観——。南北アメリカの世界遺産には、写真や歴史の知識だけでは伝わ...

歴史的背景

ラパ・ヌイの先住民たちは、4〜5世紀頃にポリネシアから渡来したと推定されています。
その後、島の中で独自の文化を育て、10〜16世紀にかけて巨大なモアイ像を数多く制作しました。

モアイ像は、火山岩を切り出して作られた巨大な石像です。
多くはラノ・ララク周辺で制作され、島内各地のアフへ運ばれたと考えられています。

しかし、島の資源利用、社会の変化、部族間の争いなどにより、モアイ像の多くは倒されました。
現在立っているモアイの中には、20世紀以降に復元されたものも多くあります。

タハイ儀式村周辺もそのひとつです。
1968〜1970年にかけて、アメリカの考古学者ウィリアム・マロイ博士によって復元されました。

住所:Hanga Roa, Isla de Pascua, Valparaíso

入場時間 9:00~20:00(早朝ツアーは、7:00~)
入場日 無休
入場料金 80ドルか54000ペソ
事前申請 2019年9月よりオンライン申請になり、申請をしないと入島できません。
現在は、19日前からの申請になります。
【公式案内サイト】https://www.gob.cl/rapanuiprotegida-en/
【入国申告書】https://ingresorapanui.interior.gob.cl/
主な規制としては、
①往復の切符(飛行機・船)の確保
②上記の切符の滞在時間上限(30日)を超えないもの
③入国申告書にオンライン申請後に、送られているメールの提示
④チリ観光局が指定する宿泊施設の予約。または、イースター島居住者からの招待状

 

タハイ村周辺 (Sector TAHAI)

タハイ儀式村周辺は、ハンガ・ロア村から歩いて行ける代表的なモアイ観光エリアです。

島の中には車で移動しないと行きにくい遺跡も多いですが、タハイは村から徒歩圏内にあります。
そのため、到着日や夕方の短い時間でも訪れやすい場所です。

このエリアには、アフ・コテリク、アフ・タハイ、アフ・バイ・ウリがまとまって残っています。
さらに、ハレ・バカと呼ばれる住居跡や、ウィリアム・マロイの墓、倒れたままのモアイ像も見ることができます。

海沿いの草原にモアイが立つ景色は、いかにもイースター島らしい風景です。
特に夕方は、モアイが夕陽の中でシルエットになり、写真を撮る人も多く集まります。

アフ・コテリク(AHU KOTERIKU)

アフ・コテリクは、イースター島で唯一、目のあるモアイ像として知られています。

ただし、現在見られる目はイミテーションです。
1968年にウィリアム・マロイ博士によって復元されたものです。

モアイ像は、もともと目を入れることで特別な力を持つ存在になったと考えられています。
そのため、アフ・コテリクを見ると、他のモアイとは少し違う印象を受けます。

目があるだけで、石像というより、こちらを見ている存在のように感じられます。
海を背にして立つ姿も印象的で、タハイ周辺の中でも特に写真に残したくなるモアイです。

建築的には、アフと呼ばれる石の祭壇の上にモアイが立っています。
ラパ・ヌイ文化では、アフは単なる台座ではなく、祖先や部族の記憶と結びついた重要な場所でした。

アフ・タハイ (AHU TAHAI)

アフ・タハイも、1968年から1970年にかけて復元されたモアイ像です。

倒れていた場所に、再び復元されました。
タハイ儀式村周辺の中心に近い位置にあり、海を背景に一体のモアイが静かに立っています。

アフ・タハイは、数の多さで見せるモアイではありません。
一体だけだからこそ、モアイの形や顔つき、立っている場所の意味がよく伝わってきます。

周囲は広い草地になっており、観光客はゆっくり歩きながら眺めることができます。
夕方になると、空の色が少しずつ変わり、モアイの輪郭がくっきり浮かび上がります。

ハンガ・ロア村から歩いて来られる場所ですが、ここまで来ると村の雰囲気とは少し違います。
海風の音が強くなり、島の古い時間に近づいたような感覚がありました。

アフ・バイ・ウリ (AHU VAI URI)

アフ・バイ・ウリには、5体のモアイ像が並んでいます。

年代測定の結果、700年代のものとされ、人工遺物としては最も古い部類に入るといわれています。

5体が横に並ぶ姿は、タハイ周辺の中でも特に見ごたえがあります。
それぞれのモアイは同じように見えて、顔つきや大きさ、雰囲気が少しずつ違います。

アフ・コテリク、アフ・タハイ、アフ・バイ・ウリの3つのモアイ群は近い距離にあります。
そのため、草原の中を歩きながら自然な流れで見て回れます。

距離感としては、写真を撮りながらゆっくり歩いても無理のない範囲です。
この近さがタハイ儀式村周辺の良さでもあります。

巨大な遺跡を移動しながら見るというより、ひとつの儀式空間の中を歩いている感覚です。
海とモアイ、草地と空が一緒に見えるので、イースター島らしい写真も撮りやすい場所でした。

3体のモアイ群の距離感はこんな感じです。

ハレ・バカ (HARE VAKA)

ハレ・バカは、石が楕円形に並べられていた住居跡です。

形がボートのように見えることから、ボートハウスとも呼ばれています。

当時は、さとうきびの茎を立てて、葦で屋根を葺いていたと考えられています。
入口はかなり窮屈で、四つん這いになって入っていたらしいと言われています。

モアイ像ばかりに目が行きがちですが、ハレ・バカを見ると、ここに実際に人々の暮らしがあったことを感じられます。
祭壇やモアイが信仰の場所だとすれば、ハレ・バカは生活の痕跡です。

建築としては石の基礎だけが残るシンプルなものです。
それでも、楕円形の石列を見ていると、かつての住居の形が自然に想像できます。

華やかな場所ではありませんが、ラパ・ヌイ文化を立体的に見るうえで大事なスポットです。

ウィリアム・マロイの墓(William Mulloy Grave)

タハイ儀式村周辺には、イースター島で多大な功績をあげた考古学者ウィリアム・マロイの墓があります。

ウィリアム・マロイ博士は、1968〜1970年にかけてタハイ儀式村の復元に関わった人物です。
現在、タハイで見られるモアイ群や儀式村の景観は、彼の調査と復元活動によって整えられました。

墓は大きく目立つ観光施設というより、静かに見守っているような場所です。
周囲には復元されたモアイだけでなく、倒れたままのモアイ像もあります。

この対比がとても印象的でした。
立ち上がったモアイと、倒れたまま残るモアイ。

他にも数体のモアイ像は倒れたままです。

アナ・カイ・タンガダ (ANA KAI TANGATA)

アナ・カイ・タンガダは、ラパ・ヌイ語で「食人洞窟」と言われています。

ただし、海に面していることから、船を造る場所だったとも言われています。
名前の印象はかなり強いですが、実際には複数の解釈がある場所です。

特徴は、天井に無数の渡り鳥が描かれていることです。
拡大して見ると、その鳥の絵がよくわかります。

モアイ像とは違い、洞窟壁画からはラパ・ヌイの信仰や自然との関わりが見えてきます。
鳥は、後の鳥人儀礼とも関係する重要な存在として考えられています。

海に面した洞窟なので、内部には波の音が響きます。
明るい草原のモアイを見たあとに訪れると、かなり雰囲気が変わります。

最近では、もろい岩盤のため保存が危ぶまれています。
訪れる場合は、現地の案内や立ち入りルールを確認しながら見学するのが安心です。

拡大するとよくわかります。

最近では、もろい岩盤のため保存が危ぶまれています。

アフ・リアータ (AHU RIATA)

アフ・リアータは、ピコ港を背にして立つモアイ像です。

島在住の考古学者セルビオ・ラブにより、1998年に復元されました。
ボートの目印として建てられたらしいとも言われています。

港のそばに立つモアイなので、タハイ周辺のモアイとは少し違う雰囲気があります。
海や船との関係が近く、ラパ・ヌイの人々が海とともに暮らしていたことを感じやすい場所です。

建築的には、アフと港の景観が一体になっています。
モアイ像が単独で存在しているのではなく、人の移動、海、集落とつながっていたことが伝わってきます。

このすぐそばの広場には、2体のモアイ像が倒れています。
復元されたモアイと倒れたままのモアイが近くにあるため、島の歴史の重なりがよく見えます。

アクセス

最寄り空港は、イースター島のマタベリ国際空港です。
チリ本土のサンティアゴから飛行機で約5〜6時間が目安です。

空港からハンガ・ロア村中心部までは車で約5〜10分ほどです。
タハイ儀式村周辺へは、ハンガ・ロア村から徒歩約15〜20分ほどで向かえます。

最寄りの公共交通機関は多くないため、島内移動は徒歩、レンタカー、レンタルバイク、タクシー、現地ツアーを組み合わせる形になります。
タハイ周辺だけなら徒歩でも十分ですが、ラノ・ララクやアフ・トンガリキなど他エリアも回るなら、車かツアー利用が便利です。

タハイ儀式村周辺を歩いて感じたこと

タハイ村1か所だけでも、見ごたえは十分です。

ハンガ・ロア村から歩いて行ける距離にありながら、
アフ・コテリク、アフ・タハイ、アフ・バイ・ウリ、ハレ・バカ、ウィリアム・マロイの墓、
倒れたモアイまで見ることができます。

特に夕方のタハイは、イースター島らしさを強く感じる場所でした。
海の向こうに太陽が沈み、モアイ像が黒いシルエットになっていく時間は、
ただ眺めているだけでも印象に残ります。

有名な巨大遺跡を見る旅とは少し違い、ここでは島の空気そのものを味わう感覚があります。
歩いて行ける世界遺産であり、ゆっくりしたくなるエリアでした。

早割はこちら!<エアトリ>

コメント

Back to top