謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園(イースター島)」タハイ儀式村を散策してみた。

イースター島の観光
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現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。

そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で
あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけられた イースター島。

この謎多きモアイの島を9つのエリアにわけてみました。
下が全体のエリア別に分けたMAPです。


  1. タハイ儀式村周辺
    謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園(イースター島)」タハイ儀式村を散策してみた。
    現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。 そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけら...

  2. 南海岸周辺
    謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園(イースター島)」南海岸周辺を散策してみた。
    現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。 そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけら...
  3. ラノ・ララク周辺
    謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園」のラノ・ララク周辺を散策してみた。
    現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。 そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけら...
  4. アフ・トンガリキ周辺
    謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園」のアフ・トンガリキ周辺を散策してみた。
    現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。 そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけら...
  5. 北海岸周辺
    謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園」を北海岸周辺を散策してみた。
    現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。 そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけら...
  6. プナ・パウ周辺
    謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園」をプナ・パウ周辺を散策してみた。
    現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。 そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけら...
  7. アフ・アキビ周辺
    謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園」をアフ・アキビ周辺を散策してみた。
    現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。 そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけら...
  8. アフ・ビナプ周辺
    謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園」のアフ・ビナプ周辺を散策してみた。
    現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。 そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけら...
  9. ラノ・カウ周辺
    謎の巨大モアイ像が並ぶ 世界遺産 世界遺産「ラパ・ヌイ国立公園」のラノ・カウ周辺を散策してみた。
    現地の言葉で「輝く大きな場所」という意味のラパ・ヌイという島。 そして、この謎多き島は、1722年に西洋からの船が到着し、折しも、その日がイースーター(復活祭)で あったことから、オランダ人提督ヤコブ・ロッゲフェーンによって名づけら...

今回はその中で、タハイ儀式村周辺を紹介します。

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ラパ・ヌイ国立公園
(Rapa Nui National Park)

800体を超す巨大なモアイ像が島中にあることで有名なラパヌイ。
島の先住民達は、4~5世紀頃にポリネシアから渡来したと推定されています。

モアイ像は、彼らによって10~16世紀にかけて制作されたと
考えれています。その後、部族間の抗争により、多くのモアイ像が倒された。

住所:Hanga Roa, Isla de Pascua, Valparaíso

入場時間9:00~20:00(早朝ツアーは、7:00~)
入場日無休
入場料金80ドルか54000ペソ
事前申請2019年9月よりオンライン申請になり、申請をしないと入島できません。
現在は、19日前からの申請になります。
【公式案内サイト】https://www.gob.cl/rapanuiprotegida-en/
【入国申告書】https://ingresorapanui.interior.gob.cl/
主な規制としては、
①往復の切符(飛行機・船)の確保
②上記の切符の滞在時間上限(30日)を超えないもの
③入国申告書にオンライン申請後に、送られているメールの提示
④チリ観光局が指定する宿泊施設の予約。または、イースター島居住者からの招待状

*100ペソ≒80円程度


タハイ村周辺
(Sector TAHAI)

ハンガ・ロア村から歩いていけるタハイ儀式村は、1968~1970年にかけて
アメリカの考古学者、ウィリアム・マロイ博士により復元された儀式村の跡。

アフ・コテリク
(AHU KOTERIKU)

イースター島で唯一目のあるモアイ像。
ただし、目は、イミテーション。
1968年にウィリアム・マロイ博士により復元されたもの

アフ・タハイ
(AHU TAHAI)

こちらも1968年から1970年に復元されたモアイ像。
倒れた場所に再度復元されました。

アフ・バイ・ウリ
(AHU VAI URI)

5体のモアイ像が並んでいます。
年代測定の結果、700年代のもので、人工遺物としては最も古い。

3体のモアイ群の距離感はこんな感じです。

ハレ・バカ
(HARE VAKA)

石が楕円形に並べれていた場所は住居跡で、ボートのような形をしていたのでボートハウスと呼ばれています。

さとうきびの茎を立てて、葦で屋根を拭いていた。
入口は、かなり窮屈で、四つん這いになって入っていたらしい。

ウィリアム・マロイの墓

イースター島で多大な功績をあげた考古学者ウィリアム・マロイの墓が見守っています。

他にも数体のモアイ像は倒れたままです。

アナ・カイ・タンガダ
(ANA KAI TANGATA)

ラパ・ヌイ語で、食人洞窟と言われていますが、海に面していることから
船を造る場所だったと言われています。

特徴は、天井に無数の渡り鳥が描かれています。

拡大するとよくわかります。

最近では、もろい岩盤のため保存が危ぶまれています。

アフ・リアータ
(AHU RIATA)

ピコ港を背にして立つモアイ像。
島在住の考古学者セルビオ・ラブにより1998年に復元されました。

なんでも、ボートの目印として建てられたらしい。

このすぐそばの広場には、2体のモアイ像が倒れています。

タハイ村1ヵ所でも見ごたえ十分です。

ハンガロア村からも歩いて行ける場所でもあり、夕陽がとても綺麗な場所なので
ゆっくりしたくなるそんなエリアです。

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