歴史と文化の街、花の都パリを歩いていると、名所をひとつずつ巡るというより、
街そのものが長い時間を抱えていることを実感します。
その中心にあるのが、世界遺産「パリのセーヌ河岸」です。
シテ島から左右の河岸へ視線が広がるたびに、
古代ローマ、中世、王政、革命、近代都市の記憶が重なり、
ただの観光では終わらない奥行きが見えてきました。
パリのセーヌ河岸(Paris, Banks of the Seine)
1991年 ユネスコ文化遺産に登録。
パリは市街を流れるセーヌ河岸を中心に広がり、
両岸には古代ローマ時代以後の建築物が連なっています。
川中のシテ島はパリ発祥の地です。
サン・ルイ島の東端にかかるシュリ橋から、
左岸にエッフェル塔をのぞむイエナ橋までが、世界遺産に登録されています。
ノートルダム大聖堂をはじめ、ルーブル宮殿、エリゼ宮、シャイヨー宮、
アンバリッド廃兵院、フランス学士院、市役所、公園などが長い年月をかけて建設されました。
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世界遺産に選ばれた背景
歴史と文化の街、花の都パリでは、紀元前3世紀頃に、
ケルト人パリシイ族が今のシテ島に住み始めたのが町の起源であり、
名前の由来になっています。
パリのセーヌ河岸が世界遺産に選ばれた背景には、
古代ローマ時代以後の建築物がセーヌ川沿いに連続し、
都市の歴史そのものが景観として残っている点があります。
ノートルダム大聖堂をはじめ、ルーブル宮殿、アンヴァリッド、エッフェル塔、シャイヨー宮など、
時代の異なる建築物がひとつの河岸景観の中でつながって見えることが、
この世界遺産の大きな価値です。
実際に歩いてみると、単体の名所を巡るだけでは分からないパリの積層した歴史が、
橋や広場、河岸の風景の中から自然に伝わってきます。
都市そのものが巨大な歴史博物館のように感じられるところに、この世界遺産のおもしろさがあります。
歴史背景
パリの歴史を紐解くと前52年、ローマ軍に征服され、
この地は、ルテティア(水に囲まれた住居)と呼ばれ、
河川交通の要衝として栄え、セーヌ川左岸を中心に発展していきました。
ルテティアが、パリに改名したのは、4世紀中頃で、6世紀初頭、
フランク王クロヴィスがパリを首都に定め、町は商業を中心に、
左岸だけでなく、右岸も繁栄していきました。
その後、10~14世紀のカペー朝時代に、さらなる発展をし、国王は、
パリに定住するようになり、12世紀頃、シテ島には、
ゴシック建築の傑作ノートルダム寺院が建設がはじまります。
17世紀になると、フランス最後の王朝ブルボン王朝の絶頂期を迎えていましたが、
1789年のフランス革命が勃発し、1792年、第一共和政が成立しました。
その後、ナポレオンが1804年、第一帝政を成立させ、
その時に凱旋門やサント・マドレーヌ聖堂を建設させました。
その後、19世紀~20世紀には、エッフェル塔やシャイヨー宮などが建造され、現在の姿になりました。
そんな歴史のつまったパリのセーヌ河岸には歴史的建造物が多く、
その多くが世界遺産に登録されています。
対象の建築物
パリのセーヌ河岸の世界遺産は、ひとつの建物だけを指すのではなく、
シテ島、セーヌ右岸、セーヌ左岸、サンルイ島に広がる歴史的景観全体で構成されています。
実際に歩くと、それぞれのエリアで街の表情がかなり異なり、
宗教、政治、学問、芸術が分かれて発展してきたことが見えてきます。
シテ島エリア
セーヌ河の中州で現存するパリ最古の橋ポン・ヌフがセーヌ両岸と1607年に結ばれました。
パリ発祥の地として知られ、宗教と司法の中心が集まるエリアです。
ノートルダム大聖堂を中心に、中世パリの核となった空気が今も濃く残っています。
ノートルダム大聖堂
パレ・ド・ジュスティス(裁判所)
サント・シャペル
コンシェルジュリー
セーヌ右岸エリア
政治経済の中心地。
王宮や行政機関、大広場、美術館が集まり、王権から近代都市パリへと変わっていく流れを感じやすいエリアです。
華やかな景観が続き、歩くだけでもパリらしい壮麗さが伝わってきます。
マレ地区
オテル・ド・ロアン
オテル・ラモワニョン
パリ市庁舎
ルーヴル宮殿(ルーヴル美術館)
カルーゼルの凱旋門
チュイルリー庭園
コンコルド広場
マドレーヌ寺院 – コンコルド広場の北にある新古典様式の教会
シャンゼリゼ通り – コンコルド広場を東端とするパリの中心的な大通り。
グラン・パレ
プティ・パレ
シャイヨー宮
セーヌ川左岸エリア
ソルボンヌ大学を中心にした学問・文化が盛んなエリア。
右岸より少し落ち着いた雰囲気があり、散策していると知の都パリらしい空気が感じられます。
美術館、議会、軍事施設、公園が並び、パリの多面性がよく見えるエリアです。
オルセー美術館
ブルボン宮殿
アンヴァリッド
シャン・ド・マルス公園
陸軍士官学校
エッフェル塔
サンルイ島エリア
華やかな観光名所が集まるというより、邸宅建築と落ち着いた街並みに旧いパリの面影が残るエリアです。
セーヌ河岸の世界遺産が、記念碑だけでなく、人が暮らしてきた居住空間まで含んでいることが感じられます。
シテ島のにぎわいとは少し違う静けさも魅力です。
ランベール邸
ローザン邸
サン=ルイ=アン=リル教会
ノートルダム大聖堂 (Cathédrale Notre-Dame de Paris)
住所:6 Parvis Notre-Dame – Pl. Jean-Paul II, 75004 Paris, フランス
| 時間 |
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| 定休日 | ・1/1、5/1、12/25 |
| 料金 |
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| 公式URL | ノートルダム・ド・パリ大聖堂 (notredamedeparis.fr) |
ノートルダム寺院の歴史
ノートルダムの敷地は、ローマ時代にはユピテル神域であったが、ローマ崩壊後、キリスト教徒はこの地にバシリカを建設しました。
1163年、司教モーリス・ド・シュリーによって、現在にみられる建築物が着工され、1345年に完成しました。
フランス革命で荒廃してしまったが、19世紀半ばに修復されました。
寺院の奥行は、130m、身廊の幅12m、高さ35mで、塔の高さは、63mあります。
西正面の3つの扉口周辺には、見事な彫刻群を眺めることができます。
前庭から見上げると、写真で見慣れた建物でも実物は想像以上に厚みがあり、
正面の彫刻や双塔の存在感に圧倒されます。
見どころ
見どころは、西正面の彫刻、ゴシック建築ならではの垂直性、そしてシテ島の景観の中心としての存在感です。
大聖堂単体だけを見るのではなく、周辺の広場や橋、セーヌ川の流れと一緒に眺めると、
この場所がなぜパリの象徴なのかがより伝わってきます。
サント・シャペルやコンシェルジュリーも近く、シテ島をまとめて歩くと中世パリの空気をより濃く感じられます。

Corina BeneschによるPixabayからの画像
ノートルダムとは、「我らの貴婦人」と呼ばれ、聖母マリアに捧げられた大聖堂です。
堂内に入ると、外の賑わいとは少し違う静けさがあり、石造空間の奥へ進むほど、
観光地ではなく今も祈りの場であることが伝わってきます。
ゴシック建築らしい垂直性、光の入り方、身廊の伸びやかさが印象的で、
建築としての美しさと信仰の空気が自然に重なっています。

Rudy and Peter SkitteriansによるPixabayからの画像
シテ島の中心に立つ姿は、観光名所というより、
パリの時間そのものを支えてきた建物のように感じられました。
しかし、歴史あるノートルダム寺院は、2019年4月15日夜に大規模火災が発生し、
尖塔などを焼失してしまいました。
翌日には、鎮火したのですが、屋根の3分の2は、焼失してしまったそうです。
ただ、収蔵品などはほとんど無事で、13世紀に完成したバラの窓も無事だったことが救いですね。
この出来事を知ったうえで現地に立つと、建築の美しさだけではなく、
長い年月をかけて守られてきた文化遺産の重みまで強く感じます。
修復を経てもなお、ノートルダムがパリの象徴であり続けていることが、目の前に立つとよく分かります。
アクセス
最寄り空港は、パリ・シャルル・ド・ゴール空港、またはオルリー空港です。
シャルル・ド・ゴール空港からパリ中心部までは鉄道利用でおおむね40~50分ほどが目安です。
ノートルダム大聖堂へ向かう場合は、RER B線やメトロを使ってシテ島周辺へ向かうルートが分かりやすいです。
最寄り公共交通機関は、Cité駅やSaint-Michel Notre-Dame駅です。
駅からは徒歩で向かえ、周辺にはサント・シャペルやコンシェルジュリーもあるため、
シテ島を一緒に巡る歩き方がしやすいです。
旅の終わりに
パリのセーヌ河岸は、世界遺産の範囲が広く、ひとつの建物だけを見る場所ではありません。
けれども実際に歩いてみると、
その広がりの中心にノートルダム大聖堂があることが自然に分かってきます。
古代ローマの記憶、中世の信仰、王権の歴史、革命後の都市の変化までが、
セーヌ川沿いの風景の中に重なっているからです。
パリ観光では、ルーヴル美術館やエッフェル塔に目が向きがちですが、
セーヌ河岸の世界遺産を意識して歩くと、街の見え方はかなり変わります。

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