ギリシャ・オリンピア完全ガイド|古代オリンピック発祥の地と世界遺産を歩く

オリンピアの観光
スポンサーリンク

オリンピアは、ペロポネソス半島の西部にある古代オリンピック発祥の地です。
アテネの有名遺跡に比べると少し離れていますが、実際に歩いてみると、
ここには競技場だけでは終わらない、神々への信仰と祭典の記憶が静かに残っていました。

木立の間に神殿跡やスタジアムが広がり、遺跡全体にどこか穏やかな空気が流れているのも印象的です。
古代ギリシャの宗教、競技、都市国家のつながりがひとつの場所で見えてくる、見どころの多い世界遺産でした。

スポンサーリンク

オリンピアの古代遺跡 (Archaeological Site of Olympia)

1989年 ユネスコ文化遺産に登録

オリンピアは、ペロポネソス半島の西部にある古代ギリシャの聖域で、
オリンピック発祥の地として知られています。
神話によると、この地は古くから「聖なる森アルティスの礼拝地」とされ、
ゼウスを中心とした信仰の場として発展しました。
遺跡内には、ゼウス神殿、ヘラ神殿、評議会場、宝庫、体育練習場、闘技場、スタジアムなどが残り、
宗教儀礼と競技祭典が一体になっていたことが分かります。
さらに、古代世界の七不思議のひとつに数えられたオリンピアのゼウス像が置かれていた地としても有名で、
古代ギリシャ文明の象徴的な場所のひとつになっています。

世界遺産に選ばれた背景

オリンピアが世界遺産に選ばれた理由は、ここが古代オリンピック発祥の地であるだけではなく、
古代ギリシャ世界における最も重要な宗教的中心地のひとつだったためです。

4年に1度開かれた古代オリンピックは、単なる競技大会ではなく、
ギリシャ各地の都市国家が争いを休み、同じ神のもとに集まる宗教的、文化的な祭典でもありました。

この地には、神殿、祭祀施設、練習場、宿泊施設、競技場がまとまって残っており、
古代ギリシャにおける信仰、芸術、政治、身体文化の結びつきを今に伝えています。

建築遺構としての価値だけではなく、
祭典と信仰が一体化した文化そのものを伝える遺跡群として、高く評価されています。

歴史背景

古代オリンピックの第1回大会は、紀元前776年に開催されたと伝えられています。
伝染病の蔓延に困ったエリス王イフィストが、
争いをやめて競技会を復活せよというアポロンの信託を受けて始めたとも言われています。

競技会は4年に1度、夏至の後の満月の日から5日間かけて行われ、
第1回から第13回までは短距離走のみでした。

第1回目の優勝者はエリス出身の料理人コロイボスとされ、
その後は種目も増え、多い時で21種目にまで広がったそうです。

絶頂期の紀元前5世紀頃には20万人もの観客が集まったとも言われていますが、
393年にローマ皇帝により異教徒の祭りとして廃止されました。

それでも、1500年後の1896年に近代オリンピックとして第1回アテネオリンピックが復活開催され、
オリンピアの名は再び世界に広く知られるようになりました。

住所:Archaia Olympia 270 65 Greece

項目 内容
時間 8:00~20:00頃が基本ですが、季節により変動があります。
夏期と冬期で異なるため、訪問前に現地案内の確認がおすすめです。
定休日 無休が基本ですが、1/1、3/25、イースター日曜、5/1、12/25、26などは休場となる案内があります。
料金 オリンピア考古学博物館との共通チケット制で案内されることが多く、料金改定の可能性があります。

こちらがオリンピアとオリンピア考古学博物館共通チケットです。

こちらがチケット販売所です。

下がオリンピアの地図です。

体育練習場(Gymnasium)

ここは、オリンピック競技者たちが本番前の訓練を行った場所です。
オリンピック競技者は、事前に認定を受けるため、
体育練習場か闘技場での合同練習が義務付けられていました。

現在は建物全体がそのまま残っているわけではありませんが、広がりのある空間を見ると、
ここが競技の準備をするための実践的な場所だったことがよく分かります。

神殿の厳かな雰囲気とは少し違い、ここには身体を鍛える場らしい空気があります。
宗教都市オリンピアの中に、こうした競技の現場がしっかり組み込まれていたことも、この遺跡の面白さです。

闘技場(Palestra)

闘技場は、レスリングやボクシング、パンクラチオンのような格闘競技の練習に使われた施設です。
体育練習場とあわせて歩くと、古代オリンピックが走る競技だけではなく、
さまざまな身体競技を含む祭典だったことが見えてきます。

宗教的な聖域の中に、こうした鍛錬のための場所が置かれているところにも、オリンピアらしさがあります。

遺構そのものは静かですが、ここで選手たちが本番前に汗を流していたと想像すると、
スタジアムとは違う緊張感が伝わってきます。
観光の流れの中では地味に見えても、古代の競技文化を感じる大事な場所です。

フェイディアスの仕事場(Workshop of Pheidias)

紀元前400年代の彫刻家フェイディアスは、
ここでゼウス神殿のゼウス像を制作したと伝えられています。
ちなみに、フェイディアスは、アテネのパルテノオン神殿のアテナ女神像や、
パルテノオン神殿のレリーフも制作したそうです。

この場所から、古代世界の七不思議に数えられた巨大なゼウス像が生まれたと思うと、
見た目以上に重みのある遺構に感じられます。

ローマ時代になり、
西暦435年から451年頃にはフェイディアスの仕事場はキリスト教の教会になりました。

現在でも、遺跡の中にキリスト教の教会の特徴が残っていて、
異教の聖域からキリスト教世界へ移っていった長い歴史も伝わってきます。

神官の宿舎(Theikoleon)

神官の宿舎は、神域を管理する神官たちが滞在した建物です。
オリンピアというとどうしてもスタジアムや神殿に目が向きますが、
こうした施設が残っていることで、ここが祭典のときだけ使われる場所ではなく、
日常的に運営されていた聖域だったことが分かります。

ゼウス神殿や評議会場のような主要施設を支えるには、祭祀を担う人々の生活と準備の場が必要でした。
派手さはありませんが、宗教都市としてのオリンピアを支えていた裏側が見える場所です。
木立の中に静かに残る遺構で、歩いていると古代の気配がじわっと伝わってきます。

宿泊所(Leonidaion)

紀元前4世紀、ナクソス島出身の建築家レオニダスにより建造された宿泊施設で、オリンピア最大級の建物です。
中央には、ローマ時代の円形の水盤があります。

各地から人が集まる祭典の場だったからこそ、こうした大規模な宿泊施設が必要だったことがよく分かります。
宗教的な聖地でありながら、巡礼や来訪者を受け入れる都市機能が整えられていたところに、
オリンピアの規模の大きさを感じます。

今は基礎部分が中心ですが、全体の広がりから当時のにぎわいを想像しやすく、思っていた以上に印象に残る遺跡でした。

評議会場(Bouleuterion)

ここでは、オリンピックに参加した選手全員が宣誓したとされています。
ここで、ゼウス神に不正がないことを誓ったそうです。
勝敗だけではなく、神の前で公正さを約束することが競技会の一部になっていたところに、
古代オリンピックが宗教的な祭典でもあったことがよく表れています。

建築としてはゼウス神殿ほどの迫力はありませんが、この場所の意味を知って歩くと、
競技会の緊張感が急に現実味を帯びてきます。

競技の前にまず誓いがあるという流れに、古代ギリシャの価値観が濃く残っていました。

ゼウスの神殿(Temple of Zeus)

紀元前470~456年に完成したゼウスの神殿は、長さ64m、幅27m、ドリア式の柱の高さは10mもあり、
古代ギリシャ世界でも屈指の規模を誇る神殿でした。

神殿の中には、金と象牙で造られた高さ13.5mの巨大なゼウス像が置かれていたが、
ローマ時代末期にコンスタンティノープルに運ばれ、後に焼失してしまったそうです。

現在は1本だけ柱が立っていて、神殿正面を眺めると、失われた建物の大きさがよく伝わってきます。

神殿の正面です。

下の写真のようなゼウス像のイメージや、ゼウス神殿のイメージ図を見ながら歩くと、
かつての壮麗さを想像しやすいです。

建物の上部のファサードは、オリンピア考古学博物館に展示されているため、
遺跡と博物館はセットで見るのがおすすめです。

ニケの像(The Nike of Paionnios)

パイオニオスにより紀元前421年に制作されたニケの像は、高さ2.115m、三角の台座の高さ8.81mあり、
ゼウス神殿前に建てられた記念碑です。

オリンピックと勝利の結びつきを象徴する存在でもあり、競技と信仰、
記念碑文化が一体になったオリンピアらしい見どころのひとつです。

遺跡側では元の位置関係を意識し、博物館では実物を見ることで、オリンピア全体の理解がさらに深まります。

彫像自体は、オリンピア考古学博物館に設置されています。
この像は、地上に降り立つ様子をとらえた姿と言われています。

給水施設(Nymphaion of Herodes Attikos)

イロド・アティコスが寄進したニンパイオンは、常に冷たい水が使えるように、
わずかに傾斜がついた循環施設が備わっていたそうです。

神殿やスタジアムに比べると派手な場所ではありませんが、
大規模な祭典を支えるには水の供給が欠かせません。

こうした設備があることで、オリンピアが単なる神話の舞台ではなく、
実際に多くの人を受け入れる機能的な聖域だったことがよく分かります。

観光では見落としやすい場所ですが、インフラまで見ていくと古代都市としての厚みが感じられます。
目立たないのに印象に残る、そんな遺構です。

母神殿(Metron)

ゼウスの母レアに捧げられた神殿と言われています。
ゼウス神殿の近くにありながら、母神を祀る建物が置かれているところに、
古代ギリシャの信仰世界の広がりが感じられます。

オリンピアはゼウスの聖地という印象が強いですが、
実際にはこうした複数の神格や神話背景が重なって成り立っていた場所です。

現在は大きく目立つ遺構ではありませんが、
こうした建物があることで、神話と祭祀の層がぐっと厚く見えてきます。

ゼウス神殿やヘラ神殿の間を歩く流れの中で、静かに見ておきたい場所です。

宝庫(Treasuries)

ゼウス神に奉納した品々が収められ、オリンピックの時は宿泊所にもなっていたそうです。
各都市国家が奉納品を納めた建物群で、オリンピアが競技会の場であると同時に、
各ポリスが自らの威信を示す場でもあったことを伝えています。

宗教的な役割だけではなく、祭典の時期には実用的な機能も持っていたところが面白く、
信仰と都市国家の競争が重なり合う古代ギリシャらしさを感じます。
現在は基礎や配置から想像する部分が大きいですが、知って歩くと地味では終わらない場所です。

オリンピアが全ギリシャ的な舞台だったことを実感しやすい遺構のひとつです。

反響廊(Stoa of Echo)

ここで声を出すと響いたそうです。

スタジアムへ向かう途中にある柱廊で、観客や祭典参加者が通る動線のひとつでもありました。
単なる通路ではなく、空間の切り替わりをつくるような役割もあったと考えられていて、
神域から競技の場へ向かう気持ちの変化も想像しやすいです。
実際に歩くと、スタジアムへ近づくにつれて少しずつ空気が変わる感覚があり、
こうした周辺施設まで含めてオリンピアが設計されていたことが分かります。
大きな建物ではありませんが、見学の流れを印象づけてくれる場所です。

スタジアム(Stadium)

遺跡の奥にあるスタジアムは、幅30m、長さ192mもあり、収容人数は約2万人と言われています。
古代オリンピックは、第一回大会では短距離走だけでしたが、その後、5種競技などが追加されてきました。
ちなみに、競技に参加できる人は、ギリシャ人の自由民の男性だけで、
競馬や単車競争以外は、すべて全裸で行われていたそうです。

女性は、見学について禁じられていましたが、
唯一デメテルの女神官のみ左側の丘で見学が許されていました。

ちなみに、スタジアムの語源は、古代ギリシャで行われた陸上競技の短距離走、
スタディオン走が由来となっています。

1スタディオンは、約180mで、祭壇に供物を捧げる際に180m早く走ったものに、
供物に点火する名誉が与えられたそうです。

スタジアム西側にあるアーチの門は、ヘレニズム時代の後期に設置されたそうです。

ここで、オリンピックが行われたと思うと本当に感慨深く、オリンピアの中でも特に旅の実感が強い場所でした。

ペロピオン(Pelopion)

ゼウス神殿とヘラ神殿の間にあるペロピオンと呼ばれる聖域があり、
ここにペロプスが葬られた塚があったと言われています。

オリンピック大会では、黒い羊を生贄に捧げ、ペロプスを弔う儀式もあったそうです。
現在は、姿もなくよくわかりません。

ただ、その存在を知って歩くと、オリンピアが競技の場である以前に、
神話と英雄崇拝の舞台だったことが見えてきます。
目立つ遺構ではありませんが、知っているかどうかで印象がかなり変わる場所です。

ヘラ神殿(Heraion)

紀元前7世紀後半、オリンピアで最初に造られた神殿で、現存するギリシャ最古の神殿です。
長さ約50m、幅19m、高さ5.2mの柱が16本並んでいます。

近代オリンピックの聖火は、この神殿で採火されています。
古代の女神信仰の場が、現代オリンピックの象徴的な儀式にもつながっていると思うと、
この場所の見え方が少し変わってきます。

ゼウス神殿ほどの壮大さとは違いますが、古さそのものに価値があり、
オリンピアの歴史の深さを感じさせてくれる重要な神殿です。

フェリペイオン(Philippeion)

紀元前4世紀、マケドニア王フィリッポス2世が戦争勝利を記念して建てられたモニュメントで、
イオニア式の柱廊のある円形の建物は、アレクサンドロス大王の時代に完成したとされています。

ドーリア式の重厚な建築が多いオリンピアの中では少し印象が異なり、
円形というだけで見た目の印象も変わります。

この建物を見ると、オリンピアが宗教と競技の場であるだけではなく、
王権や政治的記念の舞台でもあったことが伝わってきます。

ギリシャ世界の変化が、こうした建物の形や意味にも表れているように感じられました。
遺跡の流れの中でも、しっかり立ち止まって見たい場所です。

オリンピア考古学博物館(Archaeological Museum of Olympia)

住所: 4, Archea Olimpia 270 65 Greece

項目 内容
時間 遺跡とあわせて開館時間が設定されることが多く、季節により変動があります。
定休日 祝日や季節運営で変わることがあります。現地掲示の確認がおすすめです。
料金 上記遺跡との共通チケットで見学する形が基本です。

入場料金は、上記と共通チケットなので12€になります。
半券がチケットについております。

博物館の入口です。

オリンピア考古学博物館は、遺跡見学のあとに必ず立ち寄りたい場所です。
屋外の遺跡では柱や基礎だけになっている建物も多いですが、博物館に入ると、
そこに置かれていた彫刻や装飾がつながり、オリンピア全体の印象が一気に立体的になります。

ゼウス神殿やヘラ神殿に関わる重要作品も多く、
遺跡だけでは分かりにくかった古代ギリシャ美術の豊かさをしっかり感じられます。
静かな展示空間なので、ひとつずつ足を止めながら見ていくのがおすすめです。

ヘラ神の頭像(Head of Hera)

ヘラ神の頭像は、アルカイック期に制作された作品で、紀元前600年頃のものです。
顔立ちは後の時代の写実的な彫刻とは異なり、古い時代の神像らしい、
どこか硬質で静かな表情が残っています。

オリンピアが長い時間をかけて信仰の中心地として発展してきたことを感じさせる展示のひとつで、
神殿跡を見たあとにこの頭像を見ると、遺跡だけでは見えなかった信仰の具体的な姿が少し見えてきます。
派手さよりも、古代ギリシャ初期の空気をじっくり伝えてくれる展示です。

ガニュメデスをさらうゼウス像(Zeus Carrying Off Ganymede)

この作品はアルカイック期に制作され、紀元前480年頃のものです。
ゼウスがガニュメデスをさらう場面を表した彫刻で、
神話の世界がそのまま立体になったような印象があります。

オリンピアでは競技や神殿に意識が向きやすいですが、こうした神話表現を見ると、
この場所が神々の物語と深く結びついた聖域だったことがよく分かります。

古代ギリシャ彫刻らしい緊張感と物語性があり、展示室の中でも目を引く作品です。

牝牛像(Cow Statue)

この像は、イロド・アティコスの妻がゼウスに捧げた牡牛像で、牛の体に文字が彫られています。
奉納品としての性格がはっきりした作品で、オリンピアが競技の場であるだけではなく、
神への献納が繰り返された信仰の場だったことを伝えてくれます。

動物を題材にした像という点でも少し印象が異なり、神像や人物像とはまた別の面白さがあります。
彫刻として見るだけでなく、誰が何のために捧げたのかという背景を知ると、オリンピアの宗教文化がより身近に感じられます。

勝利の女神のニケ像(Nike of Paionios)

勝利の女神のニケ像は、遺跡側でも登場したオリンピアを代表する作品のひとつです。

ゼウス神殿前に建てられていた記念碑で、勝利の女神が地上に降り立つ姿を表したとされています。
博物館で実物を見ると、衣の流れや全身の動きがとても美しく、写真や説明だけでは伝わりにくい軽やかさがあります。
オリンピックと勝利の結びつきを象徴する像でもあり、競技と信仰が重なり合うオリンピアらしさを強く感じる展示です。

赤子のディオニソスをあやすヘルメス像(Hermes with the Infant Dionysus)

この作品は、ヘラ神殿に置かれていたプラクシテレス作で、紀元前330年頃の作品です。
赤子のディオニソスをあやすヘルメスという主題そのものが印象的で、
神々の世界を親しみのある場面として見せてくれます。

アルカイック期の作品と比べると、体の表現や立ち姿がかなりやわらかく、
古代ギリシャ彫刻が成熟していく流れもよく分かります。

オリンピア考古学博物館の中でも特に有名な作品のひとつで、
ここを目当てに訪れる価値があると思えるほど見応えがあります。

その他、オリンピアから発掘された作品

館内には、このほかにもオリンピアから発掘された作品があります。
神殿装飾の断片や奉納物、各時代の彫刻を見ていくと、オリンピアが一時代だけの遺跡ではなく、長い年月の中で積み重ねられてきた聖地だったことがよく分かります。
屋外の遺跡では想像するしかなかった部分が、博物館では具体的な形で見えてくるので、見学の満足度がかなり上がります。
遺跡を先に歩き、そのあとに博物館へ入る流れにすると、展示の意味もよりつかみやすいです。

古代世界の七不思議とあわせて見たいポイント

ちなみに、オリンピアのゼウス像は、紀元前2世紀頃にフィロンが書いた「世界の7つの景観」(世界の7不思議)に選ばれています。
ちなみに、7つとは、オリンピアのゼウス像、ギザの大ピラミッド、エフェソスのアルテミス神殿、ハリカルナッソスのマウンソロス霊廟、ロドス島の巨像、アレクサンドリアの大灯台、バビロンの空中庭園です。
こうして並べてみると、オリンピアが古代地中海世界の中でどれほど特別な存在だったかがよく分かります。
古代世界の七不思議をまとめて見たい方は、こちらの記事もあわせて読むと流れがつかみやすいです。
https://weekend-abroad-travelers.com/category/column/seven-wonders-of-the-world/

ヨーロッパの世界遺産をまとめて見たい方は、こちらの一覧ページもあわせてどうぞ。
https://weekend-abroad-travelers.com/world-heritage/world-heritage-sites-in-europe/europe/

関連する遺跡として、ギザの大ピラミッドやエフェソスのアルテミス神殿の記事も流れよく読めます。
https://weekend-abroad-travelers.com/africa-middleeast/egypt/giza-sightseeing/giza-pyramid-complex/

【エフェソス観光】アルテミス神殿を解説|古代世界七不思議に数えられた遺跡
エフェソス遺跡近くに残るアルテミス神殿を解説。古代世界七不思議に数えられた歴史、壮大な神殿の背景、現在の見どころ、アクセスのポイントまで旅行者目線でわかりやすく紹介します。

ギリシャ神話を知ってから行くとさらに面白い

さて、ギリシャを旅するとギリシャ神々の話がいろいろな形で登場してきます。
そのため、事前にギリシャ神話を学んでから旅行すると非常に遺跡や博物館が楽しめます。

ただ、ギリシャ神話は非常にわかりづらく、本を読んでも理解できない部分があります。
そこでご紹介するのは、里中満智子さんの漫画で全8巻ある「マンガ・ギリシャ神話」です。

漫画なので非常にわかりやすく体系的になっているので非常にお勧めです。
オリンピアのように神話と信仰が深く結びついた遺跡では、
事前に少し知っているだけでも現地で見えるものがかなり増えてきます。

アクセス

最寄り空港はアテネ国際空港です。
空港からアテネ市内へ入り、そこからオリンピア方面へ向かう流れになります。

公共交通機関を使う場合は、アテネから長距離バスや鉄道を組み合わせて西部ペロポネソスへ向かい、
途中の主要都市で乗り継いでアルヘア・オリンピアに入るのが一般的です。

現地では、オリンピア遺跡とオリンピア考古学博物館は徒歩で回りやすく、町も大きすぎないので観光しやすいです。

アテネからは移動時間が長めなので、
効率よく回りたい場合は現地ツアーを利用するのもひとつの方法です。

▶オリンピア:カタコロン発ミニバス乗り合いツアー|ギリシャ

日帰りだと移動が中心になりやすいため、時間に余裕があれば1泊してゆっくり見学するのがおすすめです。

旅の終わりに

古代の競技場という言葉だけで想像していたより、オリンピアはずっと奥行きのある場所でした。
そこには、オリンピック発祥の地という分かりやすい魅力だけではなく、
ゼウス信仰、神話、都市国家の競争、そして近代オリンピックへつながる長い時間が重なっています。

古代の息吹を感じることができるオリンピア遺跡とオリンピア考古学博物館は、
アテネから離れていて交通手段もやや不便ですが、それでも見どころは十分です。

実際に歩いてみると、ここはただ有名な名前を確認する場所ではなく、
古代ギリシャの世界を肌で感じるための場所でした。
ギリシャを少し深く旅したい方には、ぜひ訪れてほしい世界遺産です。

Banner4

コメント

PAGE TOP