バグラティ大聖堂観光ガイド|世界遺産から除外された理由と見どころ【ジョージア・クタイシ】

クタイシの観光
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首都トビリシから西へ約240km。

ジョージア西部のクタイシ(Kutaisi)は、
ギリシア神話『アルゴナウタイ』の舞台として知られる
古代コルキス地方と深い関わりを持つ、歴史の古い都市です。

中世には統一ジョージア王国の政治的中心となり、
現在も町の周辺には、その繁栄を伝える歴史的建造物が残されています。

前編で紹介したゲラティ修道院(Gelati Monastery)が、
中世ジョージアの信仰と学問を象徴する場所なら、
今回訪れるバグラティ大聖堂(Bagrati Cathedral)は、王権と国家統一を象徴する建築でした。

11世紀初頭に完成した大聖堂は、17世紀末の戦乱によって大部分が崩壊。

1994年にはゲラティ修道院とともに世界文化遺産へ登録されましたが、
21世紀に行われた大規模な再建が問題となり、
2017年には世界遺産の登録範囲から除外されています。

現在のバグラティ大聖堂は、ジョージアを代表する歴史的建造物であると同時に、
「文化財をどのように未来へ残すのか」を考えさせられる場所でもあります。

今回は、バグラティ大聖堂の歴史や世界遺産から除外された理由、
見どころ、クタイシ中心部からのアクセスを紹介します。

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バグラティ大聖堂とゲラティ修道院|Bagrati Cathedral and Gelati Monastery

1994年登録|世界文化遺産(2017年にバグラティ大聖堂が登録範囲から除外)

1994年、クタイシ市内のバグラティ大聖堂と郊外のゲラティ修道院は、
「バグラティ大聖堂とゲラティ修道院(Bagrati Cathedral and Gelati Monastery)」として、
ユネスコ世界文化遺産に登録されました。

バグラティ大聖堂は11世紀初頭、
ジョージア統一を進めたバグラト3世の時代に完成しました。

一方、ゲラティ修道院はその約1世紀後、
ジョージア王国の黄金時代を築いたダヴィッド4世によって創建されました。

時代や役割は異なるものの、二つの建築は中世ジョージア王国の
政治・宗教・文化の繁栄を伝える重要な存在として評価されました。

しかし、バグラティ大聖堂では21世紀に行われた大規模な再建によって、
歴史的建造物としての真正性が損なわれたと判断されます。

その結果、2017年に世界遺産の登録範囲が変更され、
バグラティ大聖堂は除外されました。

現在、世界遺産として登録されているのは「ゲラティ修道院(Gelati Monastery)」のみです。

このように、バグラティ大聖堂はかつて世界遺産の一部でしたが、
現在は世界遺産ではありません。

その経緯は、歴史的建造物の保存と再建のあり方を考えるうえで重要な事例となっています。

世界遺産に選ばれた理由

1994年の登録当初、バグラティ大聖堂とゲラティ修道院は、
中世ジョージア王国の建築・宗教・文化の発展を
伝える重要な文化遺産として評価されました。

バグラティ大聖堂は、11世紀初頭に成立した
統一ジョージア王国の権威を象徴する建築です。

丘の上に築かれた巨大な大聖堂は、当時のジョージア建築技術の高さを示し、
外壁に残る石彫装飾からも中世の建築文化を知ることができます。

一方、ゲラティ修道院は12世紀初頭にダヴィッド4世によって創建され、
宗教施設であると同時に、学問と教育の中心として発展しました。

主聖堂にはビザンツ文化の影響を受けたモザイクや壁画が残り、
中世ジョージア美術を代表する作品を見ることができます。

二つの建築は時代や役割こそ異なりますが、
統一王国の成立から黄金時代へと続くジョージアの歴史を伝える存在でした。

現在はゲラティ修道院のみが、世界遺産としてその価値を認められています。

歴史的背景

10世紀末から11世紀初頭にかけて、
現在のジョージアでは複数の王国や公国を統合する動きが進みました。

その中心人物となったのが、バグラト3世です。

バグラト3世の時代、クタイシは統一国家形成の重要な政治拠点となり、
王権とキリスト教信仰を象徴する建築としてバグラティ大聖堂が建設されました。

大聖堂は11世紀初頭に完成し、
その名称もバグラト3世に由来しています。

当初は巨大なドームを中心とする構造を持ち、
外壁には植物文様などの精巧な石彫装飾が施されていました。

しかし、ジョージア王国は13世紀以降、
モンゴル勢力やティムールによる侵攻を受け、
15世紀には統一王国が事実上分裂します。

その後、1691年にはオスマン勢力によって大聖堂が破壊され、
ドームや屋根などが失われました。

以後、長期間にわたって廃墟の状態となりますが、外壁や柱、
石彫装飾などの一部は残され、
中世ジョージア王国の繁栄を伝える遺構として保存されてきました。

20世紀には考古学的調査や保存修復が進められ、
1994年には世界文化遺産に登録されます。

ところが、21世紀に行われた大規模な再建が、
世界遺産としての価値をめぐる問題へと発展しました。

世界遺産から除外された理由

バグラティ大聖堂を語るうえで欠かせないのが、
世界遺産をめぐる問題です。

2000年代後半から、長く廃墟となっていた大聖堂を
再び宗教施設として使用できる状態へ戻すため、大規模な再建が進められました。

ユネスコが問題視したのは、建物を修復したこと自体ではありません。

歴史的資料による裏付けが十分ではない部分まで再建され、
新しい構造物が大規模に加えられることで、
世界遺産として評価されていた真正性(Authenticity)と完全性(Integrity)が
損なわれることが問題となりました。

真正性とは、歴史的建造物の形態や材料、技術などが、
その文化的価値を信頼できる形で伝えているかという考え方です。

また、完全性とは、その価値を表すために必要な要素が十分に残され、
適切に保護されているかという考え方です。

バグラティ大聖堂の場合、失われたドームや屋根を再建することで
宗教施設としての機能は回復しましたが、
中世から残された歴史的遺構の価値をどのように守るかが大きな問題となりました。

2010年|危機遺産リストへの登録

再建計画に対してユネスコ世界遺産委員会は懸念を示し、
2010年には「バグラティ大聖堂とゲラティ修道院」が
危機にさらされている世界遺産リストへ記載されました。

それでも工事は進められ、
失われていたドームや屋根などが再建されます。

現在の姿を見るだけでは分かりにくいのですが、
かつてのバグラティ大聖堂は屋根のない巨大な廃墟でした。

その歴史的遺構をどこまで残し、どこまで復元するべきなのか。

大聖堂の再建は、文化財保存の考え方をめぐって大きな議論を呼ぶことになります。

2012年|大規模な再建の完了

大規模な再建によってドームや屋根が復元され、
2012年には大聖堂として再び使用できる現在の姿となりました。

現在内部へ入ると巨大な宗教空間が広がっていますが、
建物には中世から残された部分と現代に再建された部分が混在しています。

工事以前の写真と現在の姿を比較すると、
廃墟だった時代から外観や内部構造が大きく変化したことが分かります。

そして2017年、世界遺産委員会は登録資産の境界を変更し、
バグラティ大聖堂を登録範囲から除外しました。

現在はゲラティ修道院のみが世界遺産として残っています。

バグラティ大聖堂は、文化財を再建することと、
その歴史的価値を守ることが必ずしも同じではないことを示す建築となっています。

バグラティ大聖堂(Bagrati Cathedral)

住所:7PG3+VPV, Bagrati Street, Kutaisi, ジョージア

時間 10:00~20:00
定休日 無休
料金 無料

※宗教行事などによって見学時間や見学可能な範囲が変更される場合があります。

バグラティ大聖堂は、クタイシ中心部を流れるリオニ川の北側、
ウキメリオニの丘に建っています。

町のさまざまな場所からその姿を見ることができ、
現在でもクタイシを象徴するランドマークの一つです。

現在は巨大なドームを持つ大聖堂として建っていますが、
その姿の多くは21世紀の再建によるもの。

中世から残された石壁と現代の再建部分が一つの建物の中に共存していることが、
バグラティ大聖堂最大の特徴でもあります。

バグラティ大聖堂の外観|Exterior of Bagrati Cathedral

バグラティ大聖堂は、クタイシの町を見下ろすウキメリオニの丘に建っています。

11世紀初頭、統一ジョージア王国の権威を象徴する建築として築かれ、
巨大なドームを中心とする構造が特徴でした。

1691年の破壊によって長く廃墟となっていましたが、
21世紀の再建によって現在の姿を取り戻しています。

外観を眺めると、石造りの重厚な壁と大きなドームが印象的です。

しかし、建物のすべてが中世から残されているわけではありません。

古い石材と新しく補われた部分が共存していることに注目すると、
約1000年の歴史を持つ大聖堂が、時代によってどのように姿を変えてきたのかが見えてきます。

中世から残る石壁とレリーフ|Medieval Stone Walls and Reliefs

バグラティ大聖堂の外壁には、
植物などをモチーフとした石彫装飾が残されています。

大聖堂の多くは再建されていますが、
すべてが現代に造られたわけではありません。

1691年の破壊を免れた壁や石材の一部は、
中世から現在まで残されたものです。

石材の色や表面の状態をよく見ると、
古い部分と新しく補われた部分の違いが分かる場所もあります。

植物文様などの装飾からは、中世ジョージアの石造建築に
見られる精巧な技術や美意識を感じることができます。

約1000年前の建築と現代の再建部分が一つの建物に共存していることこそ、
現在のバグラティ大聖堂を見るうえで興味深いポイントです。

高台から見下ろすクタイシ

バグラティ大聖堂が建つ丘からは、
リオニ川とクタイシの町並みを一望できます。

現在はジョージア西部の主要都市の一つですが、
この一帯はかつて統一ジョージア王国の政治的中心となった場所です。

大聖堂周辺の丘は、古くからクタイシの歴史と深く関わってきました。

町を見下ろす高台に国家を象徴する巨大な大聖堂が建てられたことで、
その存在は遠くからでも確認できたはずです。

現在でも市街地から丘を見上げると、
大聖堂のドームがクタイシの町並みの上に浮かぶように見えます。

大聖堂から町を眺めていると、
ここがかつて王都として栄えた場所だったことを実感できます。

大聖堂そのものだけでなく、この眺望もバグラティを訪れる大きな魅力です。

ベストシーズン

クタイシはジョージア西部に位置し、
年間を通して比較的温暖な気候ですが、
季節によって観光のしやすさが異なります。

バグラティ大聖堂は丘の上に建っているため、
気温だけでなく日差しや天候も考慮して訪れるとよいでしょう。

春|Spring

3~5月は気温が徐々に上がり、
町歩きがしやすくなる季節です。

周辺の緑も美しく、
丘から眺めるクタイシの景色を楽しむのに適しています。

ただし、雨の日もあるため、天気予報を確認して訪れるとよいでしょう。

夏|Summer

6~8月は日差しが強く、
気温が高くなる日もあります。

大聖堂周辺は開けた場所が多いため、
日中の観光では暑さへの対策が必要です。

徒歩で丘を上る場合は、
朝や夕方など比較的涼しい時間帯がおすすめです。

秋|Autumn

9~11月は夏の暑さが和らぎ、
観光しやすい季節です。

特に初秋は町歩きと大聖堂見学を組み合わせやすく、
クタイシ周辺の観光にも適しています。

秋が深まるにつれて雨が増えることもあるため、
天候には注意が必要です。

冬|Winter

12~2月は気温が下がり、雨や曇りの日も多くなります。

観光客が比較的少なく、静かな雰囲気で大聖堂を
見学できることもありますが、丘の上では風が強く感じられる場合があります。

防寒対策をして訪れると安心です。

バグラティ大聖堂を訪れるなら、
春の4~5月、秋の9~10月が比較的おすすめです。

暑さを避けながら大聖堂とクタイシの町並みを楽しめます。

アクセス

バグラティ大聖堂はクタイシ中心部から近く、
市内観光と組み合わせて訪れやすい場所にあります。

リオニ川の北側に位置し、
中心部から徒歩でもアクセスできます。

ただし、大聖堂は丘の上に建っているため、
最後は坂道を上ることになります。

クタイシ中心部から徒歩

クタイシ中心部からは、
出発地点にもよりますが徒歩20~30分程度が目安です。
リオニ川を渡り、住宅街を抜けながら丘を上っていきます。

時間に余裕があれば、クタイシの町並みを
眺めながら徒歩で向かうのもおすすめです。

Bolt・タクシーを利用

坂道を避けたい場合は、
Boltやタクシーを利用すると便利です。

特に夏場は日差しが強いため、行きは車で大聖堂まで上がり、
見学後に徒歩で中心部へ戻る方法も利用しやすいでしょう。

ゲラティ修道院とあわせて巡る

時間があれば、バグラティ大聖堂だけでなくゲラティ修道院まで
足を延ばすことをおすすめします。

かつて一つの世界遺産として登録されていた二つの建築ですが、
現在では置かれている状況が大きく異なります。

ゲラティ修道院では中世ジョージアの信仰・学問・宗教美術を、
バグラティ大聖堂では統一王国の歴史と文化財再建をめぐる問題を見ることができます。

二つをあわせて訪れることで、クタイシの歴史だけでなく、
中世ジョージア王国の繁栄についても理解しやすくなります。

関連記事

クタイシ周辺には、バグラティ大聖堂のほかにも、ジョージアの歴史や信仰を伝える修道院が残されています。

あわせて訪れたいゲラティ修道院とモツァメタ修道院についても、別の記事で詳しく紹介しています。

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旅の終わりに

バグラティ大聖堂を訪れる前は、
クタイシの丘に建つ歴史ある大聖堂という印象が強くありました。

しかし、その歴史を知ると、現在目の前にある建物には、
中世ジョージア王国の繁栄だけでなく、
戦乱による崩壊と現代の再建まで、
約1000年の歴史が重なっていることが分かります。

特に印象に残るのが、世界遺産から外されたという経緯です。

文化財は、失われた部分を元通りに造ればよいわけではありません。

歴史的な建物をどこまで修復し、
どこまでそのまま残すのか。

その難しさを、バグラティ大聖堂は現在の姿そのもので伝えています。

そして丘の上からクタイシを見下ろすと、
ここがかつてジョージア統一の重要な舞台となった町だったことも実感できます。

世界遺産として残ったゲラティ修道院と、
登録範囲から外れたバグラティ大聖堂。

現在は異なる立場となった二つの建築ですが、
どちらもクタイシとジョージアの歴史を知るうえで欠かせない場所でした。

これからクタイシを訪れるなら、ぜひ二つの建築をあわせて巡り、
中世ジョージア王国の歴史と文化財を未来へ残すことの意味に触れてみてください。


klook

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