カラクム砂漠の出入口に位置し、シルクロードを行き交う旅人たちのオアシスとして栄えた古都ヒヴァ。
その歴史の核心が、二重の城壁に守られた内城 イチャン・カラ(Itchan Kala) です。
南北約650m、東西約450mという限られた空間に、
モスク、メドレセ、ミナレット、宮殿、霊廟が高密度に残り、
町全体がひとつの博物館のような姿を今に伝えています。
1969年には「博物館都市」に指定され、1990年には 「ヒヴァのイチャン・カラ」
としてユネスコ世界文化遺産に登録されました。
本シリーズでは、世界遺産イチャン・カラを 見どころ別・エリア別 に分けて紹介します。
城壁都市の入口から内部を巡り、最後に城壁の外へ——。
ヒヴァという都市の成り立ちを 「歩く順番」で理解できる構成 です。
■世界遺産イチャン・カラ|全体構造と西門エリア
▶︎ イチャン・カラ完全ガイド①|城壁都市ヒヴァの全体像と西門エリア
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/khiva-sightseeing/itchan-kala/
■信仰と精神文化の中心|霊廟・モスク群
▶︎ 完全ガイド②|霊廟とモスクが集まる信仰の中心
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/khiva-sightseeing/itchan-kala2-2/
■東門エリアと王権の空間|宮殿と奴隷市場の歴史
▶︎ 完全ガイド③|東門エリアと宮殿群
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/khiva-sightseeing/itchan-kala2/
■城壁の外へ|ディシャン・カラと離宮
▶︎ 完全ガイド④|外城ディシャン・カラと離宮
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/khiva-sightseeing/itchan-kala3/
本記事は「イチャン・カラ完全ガイド③」として、
東門エリア(パルヴァン・タルヴァザ)と宮殿・商業施設群を中心に紹介します。
西門エリアは①、信仰エリアは②をご覧ください。
イチャン・カラ(Itchan Kala)について
カラクム砂漠の出入口に位置するヒヴァは、
シルクロードを行き来する旅人たちのオアシスとして栄えてきた町です。
17世紀にヒヴァ・ハーン国の首都が移されたことで、
政治・経済・宗教の中心として目覚ましい発展を遂げました。
この町は、
内城 イチャン・カラ と外城 ディシャン・カラ から成り、
イチャン・カラは南北約650m、東西約450mの長方形の区域を、
高さ約10m、厚さ約6mの城壁で囲んだ城塞都市です。
内部には、
20のモスク、20のメドレセ、6基のミナレット、
宮殿や霊廟が密集して建ち並び、
18〜19世紀の建築を中心に、非常に良好な保存状態を保っています。
中央アジア有数のイスラム建築として知られるジュマ・モスク、
中央アジア最大規模を誇るムハンマド・アミン・ハーン・メドレセ、
そして高さ45mのイスラム・ホジャ・ミナレット――
小さな城壁都市の中に、壮大な建築群が凝縮されています。
イチャン・カラの共通入場チケット販売
イチャン・カラには、無料で入れる場所と共通入場券が必要な施設があります。
チケット売り場は 西門(オタ・タルヴァザ)付近 にあります。

| 時間 | 8:00~19:00(目安/季節や運用で変更あり) |
| 定休日 | 無休 |
| 料金(VIP) | 大人:200,000スム |

下記がチケットです。


共通入場券で入れる13施設
- クフナ・アルク
- ジンドン(Zindan)
- ムハンマド・アミン・ハン・メドレセ( Muhammad Amin Khan Madrasa)
- サイード・アロウディン廟
- カズイ・カランメドレセ(Kazi Kalyan)
- シェルガジ・ハーン・メドレセ(Shergazi Khan Madrasa)
- イスラーム・ホジャ・メドレセ
- ジュマ・モスク
- アブデゥラ・ホン・メドレセ
- マトパナボイ・メドレセ(Matpana Baya Madrasa)
- クルグ・ムロド・イノク・メドレセ(Kutlug Murad Inaq)
- タシュ・ハウリ宮殿(Tash Khovli)
- サイード・モヒ・ロイジャノン廟
- 一部施設は「展示のみ/外観見学中心」の場合あり
- 写真撮影は基本自由だが、フラッシュ禁止エリアあり
- 混雑時間帯(10:00〜15:00)は団体客が集中しやすい
入場チケットは、下記です。

アラクリ・ハン・メドレセ(Allakuli Khan Madrassah)
住所:99G6+XRW, Xiva, Xorazm Viloyati, ウズベキスタン

このメドレセの大きな特徴が、
隣接して建てられた アラクリ・ハン・ティム(屋内バザール) との一体構成です。
学問の場と商業空間が連続して配置されており、
宗教・経済・日常生活が密接に結びついていた
ヒヴァという都市の性格をよく表しています。
現在、内部の一部は土産物店などとして利用されており、
観光の合間に立ち寄りやすい場所となっています。
信仰と商業が交差する東門エリアを理解するうえで、
欠かせない建築のひとつです。

パルヴァン・タルヴァザ(東門)(Palvan Darvoza)
イチャン・カラ東側に位置する、
城壁都市の主要な出入口のひとつがパルヴァン・タルヴァザ(東門)です。
西門が観光の起点として機能するのに対し、
こちらは歴史的に 商業と物流の玄関口 として重要な役割を果たしてきました。
門の周辺には、
アラクリ・ハン・メドレセやティム(屋内バザール)、
タシュ・ハウリ宮殿といった主要施設が集まり、
ヒヴァの都市活動が最も活発だったエリアのひとつです。
この東門の外側一帯は、
かつて 奴隷市場が開かれていた場所 としても知られています。
交易都市ヒヴァの繁栄の裏側にあった、
支配と暴力の歴史を今に伝える空間でもあります。
現在の門は、
城壁に沿って重厚な造りが残されており、
装飾を抑えた実用的な外観が特徴です。
華やかな建築が並ぶ城壁内部とは対照的に、
都市の現実的な機能を担っていたことがうかがえます。
パルヴァン・タルヴァザは、
王権の空間であるタシュ・ハウリ宮殿と、
商業と人の流れが交差する市場エリアを結ぶ結節点です。
東門エリアを歩くことで、
ヒヴァが「生きた都市国家」であったことを実感できるでしょう。

タシュ・ハウリ宮殿(Tash Khovli Palace)
住所:Tash Khovli Palace, Khiva, Xorazm Region, ウズベキスタン
19世紀前半、ヒヴァ・ハーン国の支配者
アラクリ・ハン の命により、1830年代に建設された宮殿です。
それまで使用されていたクフナ・アルクに代わり、
新たな王宮として機能した統治と生活の中心でした。
宮殿名の「タシュ・ハウリ」は「石の中庭」を意味し、
広大な敷地内は、用途ごとに明確に分けられた
複数の中庭と建築群から構成されています。
主に、
- 公的な儀式や政務が行われた 迎賓用中庭(アールズ・ハウリ)
- 王の生活空間である 居住用中庭
- ハーレムとして使われた 女性居住区
といった空間に分かれ、
統治と私生活を分離する王宮建築の思想が色濃く表れています。
各中庭を囲むアイヴァン(柱廊)や壁面は、
青を基調とした彩釉タイルで華やかに装飾され、
繊細な幾何学文様や植物文様が施されています。
クフナ・アルクに比べると、
より洗練され、宮廷文化の成熟を感じさせる意匠です。
また、タシュ・ハウリ宮殿は、
東門パルヴァン・タルヴァザに近接しており、
商業エリアと王権の空間が隣り合う立地も特徴です。
これは、交易都市ヒヴァにおいて、
政治・経済・日常生活が密接に結びついていたことを示しています。
現在、宮殿内部は一般公開されており、
ヒヴァ・ハーン国の宮廷文化と、
その裏側にあった権力構造を体感できる場所となっています。




クルグ・ムロド・イノク・メドレセ(Kutlug Murad Inaq Madrassah)
住所:住所:99H7+2F3, Xiva, Xorazm Viloyati, ウズベキスタン
19世紀初頭、ヒヴァ・ハーン国の有力官僚であった
クルグ・ムロド・イノク によって建設されたメドレセです。
ハン自身ではなく、重臣の名による建立である点が特徴で、
当時の政治構造を知る手がかりにもなっています。
建物は、中央の中庭を囲む 2階建て構造。
規模は比較的コンパクトながら、
学生用のフジュラ(居室)が整然と配置され、
実用性を重視した造りとなっています。
外観は、素焼き煉瓦を基調とし、
ピシュタクやアーチ周辺に控えめな彩釉タイルが施された、
落ち着いた意匠が特徴です。
西門エリアの巨大建築や、
タシュ・ハウリ宮殿の華やかさとは対照的な存在といえます。
このメドレセは、
商業施設や生活空間が広がるエリアに近く、
学問が特別な場所ではなく、
都市の日常の中に組み込まれていたことを示しています。
現在、内部の一部は展示や店舗として利用されており、
観光の合間に立ち寄りやすい場所です。
大規模建築の合間に訪れることで、
ヒヴァの都市生活の実像がより立体的に見えてくるでしょう。



ヒヴァの夜景
- ライトアップは日没後が本番(青いタイルと土壁のコントラストが映える)
- 夜は城壁内が一気に静かになるので、宿泊者は夜の散歩が最強体験


タシュ・ハウリ宮殿、アラクリ・ハン・メドレセ、そしてパルヴァン・タルヴァザ(東門)。
この一帯を歩くことで見えてくるのは、ヒヴァが単なる宗教都市でも観光都市でもなく、
「人・物・権力」が循環していた都市 だったという事実です。
華やかなミナレットや霊廟だけでは見えない、都市国家ヒヴァのもうひとつの顔。
それを知った上で城壁内を歩くと、イチャン・カラは
「美しい遺跡」から「生きていた都市」へと姿を変えて見えてきます。
そして最後は、城壁の外へ。
外城ディシャン・カラと離宮ヌルラボイ宮殿を訪れると、
ヒヴァという都市の最終章がはっきりと輪郭を持って立ち上がります。


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