子供の頃に図鑑で見たマヤ文明の世界。
実際にコパン遺跡へ入ってみると、巨大ピラミッドが並ぶというより、
石彫そのものに圧倒される遺跡でした。
木々に囲まれた遺跡の中に、異様なほど細かい高浮彫の石碑が立ち並び、
王たちの姿や神々の顔が今も残っています。
派手さだけならティカルやチチェン・イッツァの方が有名かもしれません。
ただ、コパンには「近くでじっくり見る面白さ」があり、
歩けば歩くほど、この遺跡の凄みが見えてきます。
ホンジュラス西部、グアテマラ国境近くにあるマヤ文明屈指の芸術都市を、
実際に歩いた流れで詳しく紹介します。
目次
- コパン遺跡 (Maya Site of Copan)
- アクロポリス (Acropolis)
- グラン・プラザ(GRAND PLAZA)
- 神聖文字の階段 (Escalinata de los Jeroglíficos) 第一段階 13代王時代 マヤ暦 9.14.12.0.0 西暦 723 第二段階 15代王時代 マヤ暦 9.16.18.9.19 西暦 755
- 球戯場 (Juego de Pelota) 13代王時代 マヤ暦 9.15.6.8.13 西暦 738
- 建造物10 (Estructura 10)
13代王時代
- 石碑1(Estela1) 12代王時代 マヤ暦 9.11.15.14.0 西暦 668
- 石碑2(Estela 2) 12代王時代 マヤ暦 9.11.0.0.0 西暦 652
- 石碑I (EstelaI) 12代王時代 マヤ暦 9.12.3.14.0 西暦 675
- 石碑H (EstelaH) 13代王時代 マヤ暦 9.14.19.5.0 西暦 730
- 石碑F (Estela F) 13代王時代 マヤ暦 9.14.10.0.0 西暦 721
- 石碑C (Estela C) 13代王時代 マヤ暦 9.14.19.5.0 西暦 730
- 石碑B (Estela B) 13代王時代 マヤ暦 9.15.0.0.0 西暦 731
- 石碑D (Estela D) 13代王時代 マヤ暦 9.15.5.0.0 西暦 736
- 石碑4(Estela 4) 13代王時代 マヤ暦 9.14.15.0.0 西暦 726
- 石碑E (Estela E) 12代王時代 不明
- 石碑3(Estela 3) 12代王時代 マヤ暦 9.10.19.5.0 西暦 652
- 建造物4(Estructura 4) 13代王時代
- アクセス
- コパン遺跡を歩いて感じたこと
コパン遺跡 (Maya Site of Copan)
1980年 ユネスコ文化遺産に登録
コパン遺跡は、マヤ文明南東端の重要都市として発展した遺跡で、
特に芸術性の高い「高浮彫」の石碑群で知られています。
紀元426年、テオティワカンと深いつながりを持つ初代王キニチ・ヤシュ・クック・モ王によって王朝が始まり、
その後17代にわたって繁栄しました。
巨大建築だけではなく、王権や宗教観を精密な彫刻で残した点が高く評価され、
ユネスコ世界遺産に登録されています。
中南米世界遺産に興味がある方は、こちらもおすすめです。

世界遺産に選ばれた背景
コパン遺跡が評価された最大の理由は、マヤ文明の中でも特に高度な石彫文化を残している点です。
ティカルやカラクムルのような巨大都市国家とは少し違い、コパンは「芸術都市」とも呼ばれる存在でした。
石碑には王の肖像だけでなく、神話、王朝史、宗教儀礼まで非常に細かく刻まれており、その保存状態も優れています。
特に有名なのが「神聖文字の階段」です。
2500文字以上の象形文字が並ぶ巨大階段は、マヤ文明研究でも極めて重要な資料になっています。
また、王権継承を示す祭壇Qや、色彩が残るロサリラ神殿など、宗教・政治・芸術が融合した都市国家として高く評価されました。
歴史的背景
コパン王朝は、西暦426年に初代王キニチ・ヤシュ・クック・モ王によって築かれました。
当時のマヤ世界は都市国家ごとに分かれており、コパンは現在のホンジュラス西部で勢力を拡大していきます。
特に13代王「18ウサギ王」の時代に最盛期を迎え、巨大建築や石碑群が大量に建設されました。
ただ、その後は周辺勢力との戦争や政治的不安定化が進み、9世紀初頭には衰退していったと考えられています。
最後の祭壇とされる「祭壇L」が築かれた後、繁栄したコパン王朝は終焉を迎えました。
現在でも遺跡の各所から新たな発見が続いており、マヤ文明研究における重要遺跡として位置付けられています。
| 定休日 | 無休 |
| 時間 | 8:00~17:00(入場料は、16:00) |
| 料金 |
|
コパン遺跡の観光は、まずビジターセンターから始まります。
中には遺跡模型や展示スペースがあり、ここで王朝の流れや建築構造を理解してから遺跡へ向かうと、かなり見え方が変わります。

中に入るとコパン遺跡の模型が展示されています。

展示場もあり、ここで歴史を学んだ後、遺跡へ向かいます。

入場券を購入し、中でチケットを渡すと入場ゲートの先には、保護された野生の鳥たちを観察することができます。
中米は、鳥や昆虫が大変カラフルです。

この中で一番人気があるのが英語名 Scarlet Macaw。体長が1 m 近くになる大型インコで、
和名はアカコンゴウインコです。

さて、コパン遺跡には、17代の王とそれに対する建造物を見ることが出来ます。
◎歴代王と建造物一覧
| 王位 | 名前 | 西暦(即位) マヤ暦 |
記念碑 |
| 1代 | K’inich Yax K’uK’Mo’ (偉大な太陽・コンゴウインコ) |
426-437 A.D (8.19.10.0.0-9.0.2.0.0) |
Motmot Maker 建造物:Hunal、Yax&Motmot |
| 2代 | K’inch Popol Hol (茣蓙頭) |
c.437-470 A.D (9.0.2.0.0-?) |
石碑:18&63:XuKpi Stone 建造物:Yehnal,Margarita, Papagoya & Mascarones |
| 3代 | UnKnown | c.470-485 A.D (?-9.2.10.0.0) |
|
| 4代 | Ku lx(Cu lx) | 485-495 A.D (9.2.10.0.0-9.3.0.0.0) |
石碑:34 Bench of Papagaya |
| 5代 | UnKnown | c.500-510 A.D | |
| 6代 | UnKnown | c.510-524 A.D | |
| 7代 | Balam Nehn (睡蓮ジャガー) |
524-532 A.D (9.4.10.0.0-c.9.4.18.6.12) |
石碑:15 |
| 8代 | Wil Ohl K’inich | 532-551 A.D (9.4.18.6.12-9.5.17.13.7) |
Ante Step & Rosalila Step? |
| 9代 | Sak Lu | 551-553 A.D (9.5.17.13.7-c.9.5.19.3.0) |
祭壇:X |
| 10代 | Moon Jagar (月ジャガー) |
553-578 A.D (9.5.19.3.0-9.7.4.17.4) |
石碑 9 & 17 : Rosalila Step? |
| 11代 | Butz’ Chan (煙る天) |
578-628 A.D (9.7.5.0.8-9.9.14.16.9) |
石碑:P&7 祭壇:Y |
| 12代 | K’AK-u-? HA?-K’AWI:L (煙イミシュ) |
628-695 A.D (9.9.14.17.5-9.13.3.5.9) |
石碑: I.1.2.3.5.6.10.12.13.19 祭壇:H’,I’,K&5 建造物:Chorcha |
| 13代 | Uaxac-Lahun-u-b’a-hi K’AWI:L (18兎) |
695-738 A.D (9.13.3.6.8-9.15.6.14.6) |
石碑:A,B,C.D.F,H,J,and 4 祭壇:S 建造物:2.4.9.10.22 神聖文字の階段&Esmeralda(第1期) 球技場:Ⅱ-B& A-Ⅲ Sun Court |
| 14代 | K’AK’-jo-po la-ja-CHAN K’AWI:L (空で火をたくカウィール) |
738-749 A.D (9.15.6.16.5-9.15.17.12.16) |
建造物:22-A(PoPol Na) |
| 15代 | K’AK-yi-pi ya-ja-CHAN-na K’AWI:L-la (空を火で満たすカウィール) |
749-763 A.D (9.15.17.13.10-c.9.16.12.5.17) |
石碑:M & N 神聖文字の階段(第2期) |
| 16代 | YAX-Pa sa-ja CHAN-no yo?-a-AT-ta (最初の夜明けの空) |
763-before 820 A.D (9.16.12.5.17-9.19.10.0.0) |
石碑:8.11 & 29 祭壇:G1,G2,G3,O,Q,R,T,U,V,Z,B’, C’,D’,F’,G’,W’ & 41 建造物:11.16.18.21-A,29&32 |
| 17代 | u-ki-ti to-TO:K’ | Feb 10,822-? A.D (9.19.11.14.5-?) |
祭壇:L(最後の王) |
建造物11(Estructura 11) 16代王時代 マヤ暦 9.16.18.2.12 西暦 769
王朝終焉期を象徴する建造物
建造物11は、16代王時代から17代王時代にかけて使われた重要建造物です。
グラン・プラザ側から見ると、高台に位置しており存在感があります。
階段上部中央には貝のマーカーがあり、両端には嵐の神の像が取り付けられています。
遺跡の中でも宗教性が強く感じられる場所でした。
周辺には「長老の頭・パワトゥーン神」や「嵐神の彫刻」なども配置されています。
嵐神の彫刻は、西端に位置し、右手にトーチを持っています。
石彫は風化している部分もありますが、それでも表情や装飾はかなり細かく残っていました。
王朝終焉期の宗教観や政治状況を感じられる場所です。

グランプラザ方面からEstructura 11の眺め。

長老の頭・パワトゥーン神 (Cabeza del Anciano, Pauahtun)

嵐神の彫刻 (Escultura de Dios Tormenta)
西端にあり、嵐を呼ぶ神様。
右手にトーチを持っています。

石碑P(Estela P) 11代王時代 マヤ暦 9.9.10.0.0 西暦 623
周囲には複数の建造物が並び、アクロポリス周辺独特の宗教的な空気を感じることができます。
石碑そのものはそこまで巨大ではありませんが、細かな神聖文字や装飾を見ると、コパンの石彫技術の高さがよく分かります。

建造物16(Estructura 16) 16代王時代
16代ヤシュ・パサフ王によって776年頃に完成した建造物です。
この建物最大の特徴は、内部に古い時代の神殿が何層にも重なっていることです。
マヤ文明では古い神殿を壊さず、その上に新しい神殿を築く文化がありました。

そのため、コパンでは「神殿の中にさらに神殿がある」という独特な構造を見ることができます。
この建造物の中には有名なロサリラ神殿があります。
外観だけ見ると比較的地味に見えますが、コパン王朝の歴史が積み重なった極めて重要な建造物です。
現在は、復元されたものが、石彫博物館にあります。



祭壇Q (Altar Q) 16代王時代 マヤ暦 9.17.5.3.4 西暦 776
16代ヤシュ・パサフ王が、初代王から王笏を受け取る場面の祭壇西面です。
この石碑には、歴代16代の王の名とその姿が刻まれています。
正面には、初代王のキニチ・ヤシュ・クック・モ王と16代王のヤシャ・パサフ王の石碑が配されています。
16代王が自らの王権の正当性を訴える目的があったと言われています。
ちなみにこれは、レプリカで本物は、石堀博物館にあります。

エル・セメンテリオ (El Cementerio)
四角い中庭を囲む形で、25を超える建物群があったそうです。
宗教施設中心のアクロポリスとは雰囲気が異なり、生活空間のような空気が残っています。
観光客は比較的少なく、かなり静かなエリアでした。





建造物18 (Estructura 18) 16代王時代
ヤシュ・パサフ王の時代の建造物です。
建物の下には、王の葬室があったそうです。

4本の柱の内側には浅い浮彫りのモザイク彫刻で、戦士の姿をしたヤシュ・パサフ王の姿が刻まれています。
また、ここの石は非常に綺麗です。


ジャガーの王座 (Trono de Jaguar)
ジャガーの豹紋が刻まれた玉座があります。

アクロポリス (Acropolis)
神聖文字の階段のある神殿26の南側の区画で、東広場パディオ・オリエンタルと西広場パディオ・オクシデンタルからなっています。
王族の政務を行う特別な空間で、18ウサギ王の石碑(Estelas del Rey 18 Conejo)が並んでいます。
東の広場 (Plaza Oriental)16代王時代
別名ジャガーの広場として知られる東の広場は太陽崇拝の場です。


太陽ジャガー神の彫刻 (Esculturas de Dios Sol Jaguar)

踊るジャガー神の彫刻 (Esculturas de Dios Sol Jaguar Danzante)

ロサリラのトンネル(Tunel Rosalila) 10代王時代
ロサリラは 10代月ジャガー王により 571年に完成された神殿で、その後13代 18ウサギ王
が築いた方形の建造物で覆わたが、1989年からのトンネル調査で発見されました。



中に入り、のぞき窓からのぞくと太陽のマスクが見えます。

のぞき窓から見える神殿の一部です。

この白い部分が太陽のマスクです。
非常にわかりづらいですが。

当時の赤色の名残が見えますね。


こうやってトンネルを見学すると歴史を感じることができますね。

ジャガーのトンネル (Tunel Jaguar)
ジャガーのトンネルの入り口は、白い扉の中から入ります。



ゴンゴウインコの図柄が漆喰彫刻を見ることができます。




建造物20のトンネルから出た後ろからみた風景。

建造物 22 (Estructura 22) 13代王時代
18ウサギ王の即位後、1カトゥンを記念して 715年に作られたました。

大地の怪物を表す仮面のようなものが、四隅に飾られています。

建造物 22A ポポル・ナ(Estructura 22A Popol Nah) 14代王時代 マヤ暦 9.15.15.0.0 西暦 746
ポポル・ナは 共同体の家。
宗教施設だけではなく、政治や共同体機能も担っていたと考えられています。


グラン・プラザ(GRAND PLAZA)
遺跡入口から進んで見えてくる広々とした空間にいくつもの石碑が立つエリア。
特に、18ウサギ王の石碑(Estelas del Rey 18 Conejo)が有名です。
石碑F、石碑H、石碑C、石碑Bなど、王を神格化した巨大石碑が並んでいます。
近くで見ると高浮彫の立体感が非常に強く、装飾密度も圧倒的でした。
木陰で休みながら眺めているだけでも楽しい場所です。


神聖文字の階段 (Escalinata de los Jeroglíficos) 第一段階 13代王時代 マヤ暦 9.14.12.0.0 西暦 723 第二段階 15代王時代 マヤ暦 9.16.18.9.19 西暦 755
マヤで最も長い碑文を持つ神聖文字の階段が天幕の下に保護されています。
第一段階は13代王時代、西暦723年。 第二段階は15代王時代、西暦755年です。
マヤで最も長い碑文を持つ神聖文字の階段が、巨大な天幕の下に保護されています。
階段は幅10m、高さ21mに及び、63段あります。
13代18ウサギ王が建設したものですが、その後15代王がさらに長い神聖文字階段へ改築しました。
2500文字以上の象形文字で、コパン王朝の起源にまで遡る王朝史が刻まれています。
1レンピーラ紙幣の裏側には、この神聖文字の階段が描かれています。
保存対策も非常に徹底されていました。

1レンピーラのお札の裏側には、この神聖文字の階段が描かれています。

保存にも気を使っています。
一番下の肖像は、12代煙イミシュ王のものと言われています。


石碑M (Estela M) 15代王時代 マヤ暦 9.16.5.0.0 西暦 756
自己犠牲の儀礼を行って祖先を呼び出す15代王が刻まれています。

球戯場 (Juego de Pelota) 13代王時代 マヤ暦 9.15.6.8.13 西暦 738
初代王キニチ・ヤシュ・クック・モの時に、建設され、13代18ウサギ王の時に今の形になったそうです。

マヤ遺跡では同じみの建造物です。

石碑N (Estela N) 15代王時代 マヤ暦 9.16..10.0.0 西暦 761
石碑Nには、南北の両面が王の肖像が刻まれています。
この石碑の土台には、738年に即位した14代王カック・ポプラフから15代王カック・イピヤフが
王位を継承したことが刻まれています。

祭壇L (Altar L) 17代大王時代 マヤ暦 9.19.11.14.5 西暦 822
祭壇Lは、コパン遺跡の最後の祭壇です。
これをもって繁栄を誇ったコパン王朝も終焉を迎えたと考えられます。
画像が望遠のため粗いです。

建造物10 (Estructura 10) 13代王時代

コンゴウインコが象徴的です。

石碑1(Estela1) 12代王時代 マヤ暦 9.11.15.14.0 西暦 668
12代王煙イミシュの治世の終わりを記念して建てられた石碑です。
トウモロコシの神の姿を現しています。

かなり劣化が進んでいます。

石碑2(Estela 2) 12代王時代 マヤ暦 9.11.0.0.0 西暦 652
同時期に、5本の石碑が建てられ王の肖像が彫られたこの石碑のみ建造物11の上に建てられています。

石碑I (EstelaI) 12代王時代 マヤ暦 9.12.3.14.0 西暦 675
石碑Iは、神話上の王朝創設について記されています。


石碑H (EstelaH) 13代王時代 マヤ暦 9.14.19.5.0 西暦 730
トウモロコシの神に扮した18ウサギ王が刻まれています。
トウモロコシの神は、世界創造の神であり、背面には、8文字の神聖文字が添えられて、ウサギ王の名前が
刻まれています。


石碑F (Estela F) 13代王時代 マヤ暦 9.14.10.0.0 西暦 721
18ウサギ王は、ジャガー神の姿で表されています。
石碑の前に置かれた祭壇には、東西両面にジャガーの顔が彫られています。


石碑C (Estela C) 13代王時代 マヤ暦 9.14.19.5.0 西暦 730
石碑Cは、神々による宇宙の創造の活動を表し18ウサギ王は、世界樹に模して刻まれ、王の神格化を目的で刻まれています。


石碑B (Estela B) 13代王時代 マヤ暦 9.15.0.0.0 西暦 731
石碑Bは、正式に 15カトゥンを祝って奉じられた石碑です。


石碑D (Estela D) 13代王時代 マヤ暦 9.15.5.0.0 西暦 736
石碑Dは、18ウサギ王の最後の石碑です。


石碑4(Estela 4) 13代王時代 マヤ暦 9.14.15.0.0 西暦 726
碑文には、キニチ・ヤハウ・フンという想像上の王がコパンの守護神を受けとるという神話をもとに18ウサギ王が
後継者となることが刻まれています。


石碑E (Estela E) 12代王時代 不明
18ウサギ王は 自らの石碑群を見渡すように、父王の石碑Eをそのままの位置に残したと言われいます。


石碑3(Estela 3) 12代王時代 マヤ暦 9.10.19.5.0 西暦 652
コパンで初めて両面に王の肖像が彫られた石碑で、この様式は次の13ウサギ王に引き継がれます。


建造物4(Estructura 4) 13代王時代
ピラミッドの側から16体のジャガーの埋葬が発見されており、これは、16代王が最後の改築の際に奉納されたそうです。


日本とホンジュラスとの友好の証です。

こんな掲示板もあります。

アクセス
一般的な玄関口はホンジュラスのサン・ペドロ・スーラ国際空港です。
空港からコパン・ルイナスまでは長距離バスで約4〜5時間ほど。
グアテマラのアンティグアから国境越えで向かう旅行者も多く、シャトルバス利用なら比較的移動しやすいです。
コパン遺跡は町中心部から徒歩約10〜15分ほど。 石畳の小さな町を歩きながら向かえるので、遺跡観光と町歩きをセットで楽しめます。
現地では英語ガイド付きツアーも多く、神聖文字や王朝史を理解しながら回ると満足度がかなり変わります。
コパン遺跡を歩いて感じたこと
マヤ遺跡の中でも、コパン遺跡は「近づくほど面白い」遺跡でした。
巨大さで圧倒するというより、細かな石彫、神聖文字、王たちの神格化表現など、
細部を見るほど凄みが伝わってきます。
地下トンネルに入り、赤色が残る神殿を見ると、
発掘調査の現場を歩いているような感覚にもなりました。
1日いても見切れないほど魅力的な遺産です。
日本ではまだそこまで有名ではないかもしれませんが、
マヤ文明を深く知りたいなら間違いなく訪れる価値がある世界遺産でした。

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