ミーソン遺跡観光ガイド|チャンパ王国の聖地 世界遺産ミーソン遺跡(ベトナム・ホイアン近郊)

ホイアンの観光
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地図で見ると、ベトナムは日本から遠い国に見えます。

しかし実際に訪れてみると、この国には東南アジアの歴史を象徴する王国の遺跡が今も残っています。

その代表が、ベトナム中部にある世界遺産ミーソン遺跡です。

ホイアンから南西約40㎞の山間部に広がるこの遺跡は、かつてチャンパ王国の宗教的中心地だった場所です。

静かな谷に赤レンガの塔が並び、ヒンドゥー教の神々を祀る祠堂が点在するこの場所は、
東南アジアでも重要な宗教遺跡のひとつとして知られています。

現在はユネスコ世界文化遺産にも登録され、世界中から多くの旅行者が訪れています。

ホイアンやダナンから日帰りで訪れることができるため、世界遺産ホイアンの街とセットで観光する方も多い場所です。

今回は、そんな世界遺産ミーソン遺跡を紹介します。

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ミーソン遺跡(My Son Sanctuary)

1999年 ユネスコ世界文化遺産に登録

ミーソンは、2世紀末から17世紀にかけてベトナム中部から南部に栄えたチャンパ王国の聖地です。
チャンパ王国ではヒンドゥー教が優勢でしたが、仏教も信仰されていました。

四方を山に囲まれたミーソンはヒンドゥー教の聖地であり、
7〜13世紀にシヴァ神を祀る祠堂など60余りの宗教建築が造られました。

ミーソンの宗教建築は、4世紀末にバドラヴァルマン王がリンガを祀った寺院を建立したのが始まりと伝えられています。

6世紀には木造寺院群が大火で焼失したため、7世紀になると耐久性の高い焼成レンガを用いた建築へと変化しました。

レンガ建築の外壁には精巧な彫刻が施され、8世紀後半の祭壇には笛を吹いたりハープを奏でたり
舞楽に興じる人々の姿が生き生きと描かれています。

当時の風俗を知るうえで貴重な資料となるこれらの彫刻の多くは、現在ダナンのチャム彫刻博物館に収蔵されています。

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ミーソン遺跡(My Son Sanctuary)

住所:Đường vào Mỹ Sơn, Thánh địa Mỹ Sơn, Duy Xuyên, Quảng Nam, ベトナム

時間 6:00~17:00
定休日 無休(雨天中止の場合あり)
料金 150,000ドン

チケットは下記です。

チャンパ王国について

チャンパ王国は、海岸線沿いを中心に東西交易の要所を押さえ、ベトナム中部で2世紀から14世紀にかけて隆盛を極めました。

特にインド、クメール、ジャワとの海洋貿易を通じてインド文化やヒンドゥー教の影響を強く受け、その文化は遺跡にも色濃く残されています。

15世紀に首都ヴィジャヤが陥落するとチャンパ王国は衰退し、最終的に歴史の舞台から姿を消しました。

しかしミーソン遺跡には、かつてこの地域で栄えた海洋王国の宗教文化が今も残されています。

ミーソン遺跡群の構成

ミーソン遺跡群は、全部でA〜Hまでの遺跡群で構成されています。

ミーソン遺跡は4世紀後半、チャンパ王がシヴァ神を祀る木造の祠堂を建設したことから始まりました。

7世紀にはレンガ建築で再建され、現在残る建造物の多くは7〜14世紀にかけて建設されたものです。

建築様式は6つのタイプに分類され、最盛期には70以上の建造物が存在していました。

赤いレンガで築かれた塔や祠堂は、高く積み上げたレンガで造られていますが、
セメントや漆喰などの接着剤を使用した形跡がありません。

現在でもその建築技術は完全には解明されておらず、当時の高い技術力の一端を見ることができます。

グループA

建設年
9〜11世紀

様式
ホアライ様式
ドンズン様式
ミーソン様式

グループAは、ミーソン遺跡の中でもまだ発掘途中のエリアです。

周囲の森林には未発掘の遺跡が点在していると言われています。

このエリアはベトナム戦争の爆撃で大きく破壊されてしまい、現在も修復作業が続いています。

現在は土台のみが残る建物が多く、私は今回このエリアは見学しませんでした。

グループB・C・D

建設年
10〜11世紀

様式
ミーソン様式

ミーソン遺跡の中で最も大きな遺跡群です。

B・C・D区画にある建造物は再建されたものの中でも最も古く、約1300年前の建物とされています。

保存状態も比較的良く、ミーソン遺跡を代表するエリアです。

宝物庫には祭祀に関する用具や宝物が保管されていたと考えられています。

ヒンドゥー教の建造物でよく見られるのが、シヴァ神の象徴であるリンガとヨニです。
リンガは男性器の象徴、ヨニは女性器の象徴であり、ヒンドゥー教では子孫繁栄と生命の象徴とされています。

国家繁栄や豊穣多産のシンボルとして祀られていました。

また、ミーソン遺跡にはチャンパ文字で刻まれた碑文も残されています。
チャンパ文字は研究者が少なく、現在でも完全には解読されていない文字とされています。
そのため碑文の内容の多くは未だ謎に包まれています。

遺跡にはヒンドゥー教のレリーフも残されており、アプサラ像などの装飾を見ることができます。

頭部が失われたシヴァ神の像なども展示されています。

いくつかの祠堂には、チャム族が信仰するシヴァ神のレリーフや、
リンガとヨニの石像、発掘された出土品が展示されています。

シヴァ神のレリーフは非常に精巧で見事なものです。

一方で、戦争や風化により破損した彫刻も多く展示されています。

グループE

建築年
8〜12世紀

様式
古代様式
ミーソン様式
ポーナガル様式

グループEは、ミーソン遺跡の中でも比較的古い時代から使われていた建築群のひとつです。
このエリアには複数の建物があり、その中には宗教施設だけでなく、
当時の宗教活動に関係する建物も存在していたと考えられています。

現在残っている建物のひとつは、当時書物や宗教文献を保管するための貯蔵庫として使用されていたと言われています。
チャンパ王国ではヒンドゥー教の宗教儀礼が国家的な行事として行われていたため、
宗教儀式に関する文献や記録などが保管されていた可能性もあります。

このエリアでは、レンガ建築の特徴や装飾の違いから、複数の時代にわたって建築が行われたことがわかっています。
そのため建築様式も複数のスタイルが混在しており、ミーソン遺跡の建築史を知るうえでも興味深い場所となっています。

グループF

建築年
8世紀〜9世紀

様式
古代様式

グループFは、ミーソン遺跡の中でも特に古い時代に建てられた祠堂が存在していたエリアです。
ミーソン最古の宗教建築のひとつとされており、チャンパ王国の初期宗教建築を知るうえで重要な場所とされています。

しかし、このエリアの建造物はベトナム戦争中の爆撃により大きく破壊されてしまいました。
現在では当時の建物の多くが崩壊しており、遺跡の基礎部分や崩れたレンガが残るのみとなっています。

ミーソン遺跡はベトナム戦争時、密林に囲まれた地形のため軍事拠点として使用されていたことがあり、
その結果として多くの建造物が被害を受けました。

グループFの遺跡を見ると、チャンパ王国の歴史だけでなく、この地域が経験してきた近代の戦争の歴史も感じることができます。

グループG

建築年
12〜14世紀

様式
ビンディン様式

グループGは、ミーソン遺跡の中でも比較的後期に建設された建築群です。
12世紀半ば、チャンパ王国の王であるジャヤハリヴァルマン1世によって建設されたと考えられています。

このエリアは当時、複数の宗教建築で構成された寺院群だったとされており、
少なくとも5つの建物が存在していたと推定されています。

ビンディン様式と呼ばれる建築様式は、
チャンパ王国後期に発展した建築スタイルで、レンガ塔の装飾や彫刻に特徴があります。

現在残っている遺跡からは、当時の建物が比較的大規模な宗教施設だったことがわかります。
チャンパ王国が後期においてもミーソンを重要な宗教聖地として維持していたことを示すエリアでもあります。

グループH

建築年
12〜14世紀

様式
ビンディン様式

グループHも、チャンパ王国後期に建設された建築群のひとつです。
グループGと同様にビンディン様式の影響を受けた建築が残っています。

しかし現在残っている遺構は非常に少なく、本堂とされるH1の壁のみが残っています。
かつてはこの周囲に複数の建物が存在していたと考えられていますが、多くは崩壊してしまいました。

それでも残された壁面からは、チャンパ建築特有のレンガ構造や装飾の特徴を見ることができます。

ミーソン遺跡は長い年月の風化や戦争の影響を受けながらも、断片的に当時の姿を現在に伝えています。
グループHの遺跡も、そうした歴史の痕跡を感じる場所のひとつです。

グループK

建築年
12〜14世紀

様式
ビンディン様式

グループKは、ミーソン遺跡の中でも後期に建設された建築群のひとつです。
このエリアにもチャンパ王国後期の宗教建築が存在していたと考えられています。

現在残っている遺構は多くありませんが、建物の基礎や壁の一部から当時の建築構造を確認することができます。

ミーソン遺跡全体を見ると、チャンパ王国の宗教建築が数世紀にわたって建設され続けたことがわかります。
グループKもその歴史の一部を示すエリアです。

チャンパ王国の歴史を感じることができる一方で、ミーソン遺跡にはベトナム戦争の爪痕も残っています。
多くの建造物が破壊されましたが、現在も修復と保存活動が続けられています。

今後さらに修復が進むことで、ミーソン遺跡の全体像がより明らかになっていく可能性もあります。

ダナンやホイアンを訪れた際には、ぜひこの世界遺産を訪れ、悠久の歴史を感じてみてください。

ミーソン遺跡は、ベトナム中部で栄えたチャンパ王国の宗教的中心地として築かれた聖地です。
赤レンガの塔や祠堂が静かな山あいの谷に点在し、ヒンドゥー教文化と海洋交易国家チャンパの歴史を今に伝えています。

多くの建造物はベトナム戦争によって大きな被害を受けましたが、
それでも残された遺跡からは当時の建築技術や宗教文化の一端を感じることができます。

現在も発掘や修復が続けられており、ミーソン遺跡は今なお研究が進む貴重な歴史遺産でもあります。

ダナンやホイアンから日帰りで訪れることができるため、中部ベトナム旅行ではぜひ立ち寄りたい世界遺産のひとつです。
静かな谷に広がる遺跡群を歩きながら、チャンパ王国の悠久の歴史を感じてみてください。


コメント

  1. むむむ より:

    はじめまして
    ミーソン遺跡を観覧して戻ってきて振り返って調べているときに辿り着きました・・・
    写真も綺麗で、思い返しながら復習でき感動しました!

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