ユダヤ民族悲劇の地!! ユダヤが世界遺産「マサダ」を散策してみた。

死海地方の観光
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死海のほとりにある菱形の大地は、高さ400mの山頂に広がる大要塞は、紀元前100年頃に、大司祭
イェホナターンが、この地形を利用して造った要塞で、その後ヘロデ王が元の建物を増強増築をして
豪華な宮殿を建築されました。
そして、その宮殿がやがて悲劇の場所になります。

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マサダ(Masada)

2001年 世界文化遺産に登録

マサダは、ローマ帝国に立ち向かったユダヤ人が悲劇的な最後を遂げた場所である。
紀元66年、ユダヤ人は、ローマ帝国の圧制に対して反乱を起こした。
しかし、ローマ軍の攻撃を受け、首都エルサレムが、陥落し、1000人近いユダヤ人が、死海のほとりである
天然の要塞マサダに籠城した。
彼らは、ヘロデ大王が冬の宮殿として建設した施設を利用して2年以上も抵抗を続けてきたが、73年に要塞は陥落。
反乱軍は、自決し、以後、1948年のイスラエル建設まで、ユダヤ民族は、長い離散の歴史を歩み始める。

マサダ国立公園(Masada National Park)

住所:

時間 夏期:8:00~17:00(金・祝の前日~16:00)
冬期:8:00~16:00(金・祝の前日~15:00)
定休日 無休
料金 77NIS

マサダ国立公園入口

ビジターセンター&チケット売り場

こちらで、チケットを購入して、ロープウェイで行く場合と歩いてマサダを目指すルートがあります。
登山道を行く場合は、上りに1時間から1時間30分程度、下りは、30~40分程度かかります。

下のレシートのようなものが入場チケットです。

EPSON MFP image

マサダ要塞の模型もあるので、予習していくといいです。

ロープウェイ乗り場

ビジターセンターに乗り場があります。

蛇門と呼ばれる麓からのロープウェイが到着する場所。

マサダの歴史

紀元前120年頃、死海のほとりの砂漠にそびえる切り立った岩山の上に建設され、後にヘロデ大王が離宮として改修した。
山頂へは「蛇の道」と呼ばれる細い登山道が一本あるのみ、周囲は切り立った崖で、難攻不落と言われました。

66年、ローマ帝国に対してユダヤ人が決起しユダヤ戦争が勃発した。
70年、ティトゥスの指揮するローマ軍団によってユダヤ側の本拠地であったエルサレムが陥落(エルサレム攻囲戦)。
エルアザル・ベン・ヤイルに率いられた熱心党員を中心としたユダヤ人集団967人が包囲を逃れ、マサダに立てこもった。
籠城側は兵士のみではなく、女性や子供も含まれていた。

1万5千のローマ軍団が周囲を包囲したが、さすがのローマ軍も、攻撃を寄せ付けないマサダの峻厳な地形に攻めあぐねる。
やがてローマ軍はユダヤの捕虜と奴隷を大量動員して土を運び、山の西側の崖をそっくり埋めて突入口の建設を開始する。
ユダヤ側は執拗に防戦したが、二年がかりで山腹は着実に埋められ、やがて陥落は目前となった。
敗北が確実となったある日、指導者たちは集まって今後の方針を協議した。抵抗を続ければ全員が殺され、
降伏すれば全員が奴隷となるのが当時の慣習であったためみんなで自殺することにした。

73年5月2日、ユダヤ人が集団自殺したことをまだ知らないローマ軍部隊は完成した侵入路を通り、城内に突入する。
ローマ兵は内部の状況を把握していなかったため、死にもの狂いの抵抗を予想していたが、当然防戦する者は1人もいなかった。
ユダヤ戦記には穴に隠れていた2人の女と5人の子供だけが生きのびたと書かれている。

マサダの全体図

マサダ要塞の全体の大きさは、全長約600mで、全体を見て回ると3時間近くはかかると思います。
メインどころは、北の宮殿と西の宮殿になります。

マサダは現代ユダヤ人にとり、民族の聖地となっており、イスラエル国防軍将校団の入隊宣誓式はマサダで行われ、
士官学校卒業生は山頂で「マサダは二度と陥落せず」と唱和し、民族滅亡の悲劇を再び繰り返さないことを誓うそうです。

北の宮殿(The Northern Palace)

宮殿の中心部であり、ヘロデ王の私邸があった場所で、斜面に沿ってテラスが3つ造られており、上部のテラスがヘロデ王の
住まいで、下部2つのテラス周辺がヘロデ王が客をもてなした場所とされています。

シナゴーク

大浴場(The Large Bathhouse)

建物内には小さな柱がいくつも残っています。
古代ローマのセントラル・ヒーリングシステムであるハイポコーストの名残
柱の上に床を置き、蒸気で浴室全体を温める仕組みだった。

当時のレリーフが残っています。

生活の拠点

貯水槽

乾燥地域での長い籠城に不可欠であった貯水槽は、12の貯水槽が存在し、4トンの水を貯めることができました。
それにより、少ない降雨を漏らす事なく貯め、長期間に渡る籠城戦を戦う事を可能にしたそうです。

マサダの水がどのように貯められて、供給されているのか実験できます。

コップに水を入れて上から流すとよくわかります。

ビザンチン教会(The byzantine Church)

5世紀にプラトーに住んでいたビザンチン修道士が建てた教会の遺構があります。
教会は、ポーチや前庭を通って入ります。
ナーブの北側には、植物や果実の表象を持つ(部分的に保存された)モザイク舗装があります。

Columbarium Tower

ハト用の巣箱までありました。

Tannery

動物の皮などをなめしたなめし工場エリアです。

南門

西の宮殿(The Western Palace)

ヘロデ王の来賓客用に使用していた宮殿。
かつては、緻密なモザイクが施された豪華な建物がありました。

シナゴーク

マサダへの行き方

マサダへは、セントラルバスステーションから1本で行くことができるので、行きやすい世界遺産です。
Jerusalem Central Bus Station 3rd Floor(3階なので注意してください。)

Haifa Technion
⇓ 徒歩 1.5㎞
Msada National Park

Haifa Technionは、ロータリにあるのでわかりやすい場所にあります。
GoogleMapだと違う場所を指す場合もあるので注意してください。

私は、安息日の金曜日に訪問したのですが、午前10時にバス停に着いて、エルサレムに帰ろうと思ったのですが
なんと時間になってもバスが来ません。
そして、さらに1時間後に来たバスもなぜか止まってくれずに行ってしまいました。
安息日なので夕方までに、エルサレムまで戻らなければ大変なことになります。
結局、バス停で、3時間近く待ってエルサレムまで戻れましたが、なぜ、バスが2台通過してしまったのか?
未だに、謎です。
安息日の関係で、バスが満席のため行ってしまったのか?それ以外考えれません。
とにかく、金曜日に遠方へ行かれる方は注意してください。

バス停からマサダは見ることができます。

マサダ国立公園は、かなり広く、日差しを遮る場所もなく日焼け対策は必須です。
できれば、朝一で観光することをお勧めします。
マサダから眺める死海はなんとも神秘的です。



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