アモン神殿と付属神殿として建立されたルクソール神殿(東岸エリア)を散策してみた。

ルクソールの観光

ナイル東岸は、太陽が昇ってくるため生きている人が住む「生者の世界」と伝えれていました。
そして、生者の世界で、アモン神殿の付属神殿として建立されたのがルクソール神殿です。

かつては、カルナック神殿とは、スフィンクスが両脇に並ぶ参道によって結ばれていたそうです。

そして、カルナック神殿、ルクソール神殿、王家の谷は、「古代都市テーベとその墓地遺跡」として
世界遺産として登録されています。

古代都市テーベとその墓地遺跡
(Ancient Thebes with its Necropolis)

1979年 ユネスコ文化遺産に登録

テーベは、古代エジプト新王国時代の首都で、第18王朝時代に繁栄し、カルナックのアモン大神殿など多くの
神殿、葬祭殿、墓が建設されました。
現存する遺構は、カルナックのアモン神殿や、ルクソール神殿のラムセス2世像、第11王朝時代・第18王朝以降の葬祭殿、
第18~20王朝時代の王墓(王家の谷)や王妃の墓などがあります。

ルクソール神殿
(luxor-temple)

住所:エジプト Luxor Governorate, Luxor, Luxor City

基本情報

時間6:00~22:00
定休日無休
料金160EGP(約1090円)

*100EGP=680円程度


ルクソール神殿は、260mの長さを誇り、始まりはアメン神、ムト神、コンス神などを祀る小さな祠堂だけでしたが
その後、約100年後のアメンヘテプ3世、さらに100年後のラムセス2世によって大規模な改築と増築が繰り返され現在の
大きさになったそうです。

第一塔門

第一塔門の前には、高さ25mもあるオベリスクが立っています。
実は、かつては、もう1本並んでいましたが、1833年にムハマンド・アリがルイ13世に時計台との交換で
ナポレオンがフランスに持って帰ってしまった。
なんでも、ムハマンド・アリは冗談で言ったのを真に受けて持って行かれてしまったらしい。。。
このオベリスクは、現在は、パリのコンコルド広場で、「クレオパトラの針」と呼ばれ建っています。

入口には、2体のラムセス2世の座像が並んでおり、高さは、25mもあります。

下は、ラムセス2世の頭像。

ラムセス2世の中庭

ラムセス2世の中庭と呼ばれる場所には、74本の石柱があり、ラムセス2世像の数多く並んでいます。
ここには、トトメス3世の小神殿があり、これはアモン・ムート・コンスの3神に捧げられた礼拝殿でもありました。

ルクソール神殿は、1884年に発掘が開始される前までは、3分の2が砂や瓦礫に埋もれており、
埋もれた神殿の上には、住居が並んでおり、現在では、モスクだけが残っています。

大列柱廊

ラムセス2世の中庭からアメンホテプ3世の中庭までをつなぐ、大列柱廊は開花式パピルスが2列14本並び、高さは17mあります。
この列柱には、オペト祭りと呼ばれるエジプトの祭りの様子が描かれているそうです。

アメンホテプ三世の中庭

アメンホテプ3世の中庭の奥には、至聖場があり、アメン神を聖船が安置されています。
アレキサンダー大王が神に捧げものをしたことからアレキサンダーの間とも呼ばれているそうです。

アメンホテプ3世の至聖室(南の聖所)

この神殿は、毎年行われるオペト祭が行われるため、「南の聖所」と呼ばれるようになりました。

オペト祭りは、年1回、2週間程度行われ、クライマックスは、アメンラー神官30名が肩に担いだ聖なる船が、
ムト神官とコンス神官を従えてカルナック神殿を出発し、スフィンクス参道を通り、ルクソール神殿に向かい
神々の像を数日間この至聖室に封印するお祭りです。

その時、聖所ではファラオたちによる儀式が行われ、神像を運ぶ行列とともに歌や踊りがにぎやかに繰り広げられ、
用意されたごちそうは庶民にもふるまわれたそうです。

カルナック神殿より小ぶりですが、砂に埋もれていた分レリーフなども綺麗に残っているのでお勧めです。


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