ルクソール西岸を車で走っていると、王家の谷へ向かう途中、
乾いた平原の中にふいに2体の巨大な石像が現れます。
それが、メムノンの巨像です。
華やかな装飾が残る神殿ではありませんが、
かつてこの場所がアメンホテプ三世の壮大な葬祭殿へ通じる正面空間だったと知ると、見える景色が一気に変わります。
王家の谷や葬祭殿群とあわせて歩くと、古代テーベ西岸の広がりがぐっと立体的に感じられる場所です。
古代都市テーベとその墓地遺跡 (Ancient Thebes with its Necropolis)
1979年 ユネスコ文化遺産に登録
カルナック神殿、ルクソール神殿、王家の谷は、
「古代都市テーベとその墓地遺跡」として世界遺産に登録されています。
テーベは古代エジプト新王国時代の首都で、
第18王朝時代に繁栄し、
カルナックのアモン大神殿など多くの神殿、葬祭殿、墓が建設されました。
現存する遺構は、
カルナックのアモン神殿やルクソール神殿のラムセス2世像、
第11王朝時代・第18王朝以降の葬祭殿、
第18〜20王朝時代の王墓である王家の谷や王妃の墓などがあります。
神殿が生者の世界を象徴するなら、
西岸に広がる墓地遺跡は死後の再生を支える空間であり、
テーベという都市の全体像を立体的に感じられる点が、
この世界遺産の大きな魅力です。
構成遺産
この世界遺産の主な構成遺産は、
ナイル川の東岸エリアと西岸エリアに大きく分かれています。
東岸エリア
・カルナック神殿(Karnak Temple Complex)
・ルクソール神殿(Luxor Temple)
東岸は、古代テーベにおける「生者の世界」を象徴するエリアです。
巨大な神殿群が集まり、
王権と国家祭祀の中心地として機能していました。
西岸エリア
・王家の谷(Valley of the Kings)
・王妃の谷(Valley of the Queens)
・ハトシェプスト女王葬祭殿(Mortuary Temple of Hatshepsut)
・メディネト・ハブ(Medinet Habu)
・ラメセウム(Ramesseum)
・メムノンの巨像(Colossi of Memnon)
・貴族の墓群(Tombs of the Nobles)
・デイル・エル・メディナ(Deir el-Medina)
西岸は、古代テーベにおける「死者の世界」を象徴するエリアです。
王墓、王妃墓、葬祭殿、職人の村、貴族の墓群が集まり、
死後の再生と葬送儀礼を支える空間として発展しました。
カルナック神殿とルクソール神殿については、
以下の記事もあわせて読むと理解が深まります。


西岸の遺跡群については、
王家の谷やハトシェプスト女王葬祭殿の記事もあわせて読むと、
メムノンの巨像がどの位置づけにあるのかがつかみやすくなります。


中東・アフリカの世界遺産をあわせて整理したい方は、
こちらの一覧ページも参考になります。

歴史背景
ナイル川と王家の谷の間に広がるテーベの平原には、アメンホテプ三世の葬祭殿へ通じた道があり、
現在では失われたその巨大複合体の前面に、2体の巨大な像だけが残されています。
それが、メムノンの巨像です。
もともとはアメンホテプ三世の葬祭殿の入口を守るように建っていた像で、
背後にははるかに大規模な建築が広がっていました。
なお、葬祭殿自体は、第19代ファラオ・メルエンプタハが自身の葬祭殿建築のため石材を調達し、
破壊されてしまったと伝えられています。
そのため、現在この場所では神殿全体を見ることはできません。
それでも、平原に残る2体の巨像を前にすると、
かつて西岸一帯に連なっていた巨大葬祭殿群の入口に立っている感覚が生まれます。
王家の谷だけでなく、こうした葬祭殿や墓地遺跡を一緒に見ることで、
古代テーベ西岸の意味がよりよく見えてきます。
メムノンの巨像(Colossi of Memnon)
住所:Al Bairat, Luxor, Luxor Governorate, エジプト
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 時間 | 屋外遺跡のため、日中に立ち寄る見学が一般的です。 |
| 定休日 | 無休で見学できることが多いです。 |
| 料金 | 無料で見学できることが一般的です。 |
メムノンの巨像は、高さ20mの巨体で足の長さは2mもあり、
砂岩の一塊をブロックに切り取って造られています。
そして、巨像は、玉座に座るファラオを表しており、両手は、膝の上に置かれています。
現在残るのは2体の座像だけですが、もともとはアメンホテプ三世の葬祭殿の正面に立っていたもので、
ここが西岸の壮大な祭祀空間の入口だったことが伝わってきます。
王家の谷へ向かう途中に立ち寄ることが多い場所ですが、実際に目の前にすると、
平原の中にこの大きさの像だけが残っていることに強い存在感があります。
この像が有名になったのは、紀元前27年の地震によりテーベの建造物は、大被害を受け、
右側の像に大きな亀裂が出来てしまったことがきっかけでした。
それ以降、朝日を浴びると像は、長くうめくような音をたてるようになり、
側を通る旅人たちは、像が歌っていると信じるようになったそうです。
この不思議な歌声については、歴史家タキトゥスや地理学者ストラボン、
「ギリシャ案内記」を記したパウサニアスも証言を残しています。
静かな朝の西岸で、巨大な石像が声を発すると考えれば、
古代の旅人がそこに神秘を感じたくなるのも自然です。
そして、これらの証言が結びつき、やがてこの巨像は、
エチオピアの伝説上の王である曙の女神エーオースの息子であるメムノンと呼ばれるようになりました。
メムノンは、トロイア戦争に当たって父からトロイの援軍に送られ、
幾多の手柄をたてるも、英雄アキレウスに討ち取られてしまいます。
息子の死を悲しんだエーオースは、1日1度息子を生き返らせることを涙とともにゼウスに祈ったため、
毎朝、母が朝日で子を愛撫するとメムノンは蘇ってうめき声で母に挨拶をするという美しい伝説に由来しています。
古代エジプトの遺跡でありながら、ギリシャ・ローマ世界の想像力とも結びついていったところに、
この場所の文化的なおもしろさがあります。
ただ、現在では、温度差が原因により岩の表面が振動したために起きた現象と考えられています。
その証拠に、セプティミウス・セウェルス帝の時に、
下に落ちていた像の下半身取付の修復工事を行ってからは、声を出すことがなくなったそうです。
車から降りて写真をとるくらいの観光スポットですが、伝説に彩られた巨像として、
悠久のロマンを感じながら散策してみてください。
短い立ち寄りでも、背景を知って見上げると印象が大きく変わる場所です。

アクセス
最寄りの空港はルクソール国際空港です。
空港からメムノンの巨像までは車で約30〜40分です。
公共交通機関なら東岸のフェリーで西岸へ渡り、その後はタクシー利用が一般的です。
王家の谷や葬祭殿群とあわせて回るなら、以下のツアーも使いやすいです。
メムノンの巨像は、王家の谷の壮大さに隠れがちですが、
古代テーベ西岸の広がりを感じるにはとても大切な場所です。
豪華な内部空間や色彩が残る遺跡ではありませんが、
失われたアメンホテプ三世の葬祭殿を想像しながら見上げると、
この2体の座像が持つ重みがじわっと伝わってきます。
西岸観光の途中で短く立ち寄るだけでも、ルクソールという世界遺産の全体像がより深く見えてくるはずです。

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