ウズベキスタン南部、カシュカダリヤ地方に位置する シャフリサブス(Shahrisabz)。
サマルカンドから南へ約60km、ザラフシャン山脈を越えた先に広がるこの町は、
ティムール帝国の創始者・ティムール(タメルラン)生誕の地 として知られています。
現在は穏やかな地方都市ですが、14〜15世紀には、
サマルカンドと並ぶ 帝国の精神的支柱 として、壮麗な建築群が築かれていました。
シャフリサブスは、古代には ケシュ(Kesh) と呼ばれ、
カシュカダリヤ川流域に育まれた ソグディアナ文化圏 の一都市でした。
7世紀には、唐の高僧 玄奘(三蔵法師) がインドへ向かう途上で立ち寄った記録も残されており、
シルクロード交易と宗教交流の中継地として、早くから栄えていたことがわかります。
しかし、この町が歴史の表舞台に躍り出るのは、
1336年、ティムールの誕生 以降のことです。
ティムールは、シャフリサブスを治める有力氏族の家に生まれ、
34歳でティムール帝国を建国。
やがて中央アジアから中東、インド北部にまで及ぶ大帝国を築き上げます。
彼は首都サマルカンドを
「文明が交差する帝国の中心」 として整備する一方で、
故郷シャフリサブスには、より個人的・象徴的な建築群を築いていきました。
サマルカンドがいかにして多文化が交差する世界都市へと成長したのかは、
▶︎ サマルカンド|文明の交差点としての世界遺産都市
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/samarkand-sightseeing/samarkand-crossroad-of-cultures/
で詳しく紹介しています。
しかし――
16世紀後半、ブハラ・ハーン国の支配者 アブドゥール・ハーン によって、
ティムールの遺産の多くは破壊されてしまいます。
現在残るのは、
宮殿・霊廟・モスクの一部と遺構のみ。
それでも、点在する建造物からは、かつての壮大な都の姿を十分に想像することができます。
2000年 ユネスコ文化遺産に登録
サマルカンドの南60㎞にあるシャフリサブス(古名ケシュ)は、ティムールの故郷として知られる町です。
彼は、34歳でティムール帝国を建国すると、首都サマルカンド建設に匹敵する熱意をもって、故郷の町に
多彩な建造物を建築していきました。
しかし、16世紀後半、ブハラ・ハーン国のアブドゥール・ハーンが、これからの建造物のほとんどを破壊して
しまい、現在見ることができるのは、ティムールの父や息子の廟、モスクなど、一部の建造物と遺構だけです。
ティムール帝国最大の建造物といわれるアク・サライ宮殿に残る巨大なアーチの残骸が、かつての威容を物語っています。
サマルカンドからシャフリサブスまでは、車で、約90㎞程度の距離があり、時間で1時間30分程度かかります。
下の地図がイメージです。
チケット販売所は、数カ所あります。
住所:3R6H+8RF, Shahrisabz, Qashqadaryo Viloyati, ウズベキスタン
| 時間 | 7:00~18:00 |
| 定休日 | 無休 |
| 料金 | 無料(現地状況により変更あり) |
1380年着工、ティムール死後の1405年まで建設が続けられた、
ティムール帝国最大級の宮殿。
現在残るのは、
高さ約38m(当時は50m超と推定)の 巨大な入口アーチ のみですが、
その圧倒的スケールは、帝国の威光を今に伝えています。
「アク・サライ」とは 「白い宮殿」 の意。
実際には、青と金のタイルで覆われた豪奢な宮殿で、
「白」は高貴さの象徴とされていました。
アーチ左側には
「スルタン(王)は、アッラーの影である」
と刻まれています。
しかし右側には
「スルタンは、影である」
としか書かれていない――。
この誤りにより、建築家はティムールの怒りを買い、
アーチから投げ落とされたという伝説が残されています。
この入口アーチからは南に大理石が敷き詰められた中庭が広がり、宮殿そのものは、現在ティムール像が立つあたりに
あったと言われていました。
宮殿屋上にプールがあったと伝えれてています。
現在この宮殿の北側に、かつて中心部を取り囲んでいた城壁の一部が再建されました。
シャフリサブスは、ウェディングフォトスポットとして有名だそうです。
住所:2RXH+R4J, Shahrisabz, Qashqadaryo Viloyati, ウズベキスタン
| 時間 | 8:00~18:00 |
| 定休日 | 無休 |
| 料金 |
「瞑想の家」を意味する、ティムール一族ゆかりの宗教建築群。
ここに見られる
王権と信仰の結びつき は、
サマルカンドの巡礼建築にも色濃く受け継がれています。
その象徴が、
▶︎ シャーヒ・ズィンダ廟群完全ガイド
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/samarkand-sightseeing/shohi-zinda/
です。
ウルグベグが自らの子孫のために建てた廟。
内部に並ぶ4つの墓石のうち、
奥の墓石のくぼみに溜まった水を病気の患部につけると治る、
という信仰が今も残ります。
1374年、ティムールが建立。
父と精神的指導者が眠る、ティムール家にとって特別な霊廟です。
住所:3R2H+2WP, Shahrisabz, Qashqadaryo Viloyati, ウズベキスタン
| 時間 | 9:00~17:00 |
| 定休日 | 無休 |
| 料金 |
「大いなる力の座」を意味する、王族の霊廟地区。
中心となる ジャハンギール廟 は、
22歳で戦死した長男のために建てられたものです。
ティムールは最終的にサマルカンドに葬られましたが、
その墓廟は、シャフリサブスで構想された王族墓廟思想を完成させた存在でした。
▶︎ グーリ・アミール廟完全ガイド|ティムール帝国の終着点
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/samarkand-sightseeing/gor-i-amir-maqbarasi/
ティムールが葬られたはずだった石棺です。
サマルカンドでは、
丘の上から街全体を見渡す信仰施設も重要な役割を果たします。
旧市街とシャーヒ・ズィンダを一望できる
▶︎ ハズラティ・ヒズル・モスク
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/samarkand-sightseeing/hazrati-xizr-masjidi/
を訪れると、両都市の性格の違いがより明確になります。
また、ティムール帝国は武力だけでなく、
学問と天文学を重視した国家でもありました。
その象徴が、
▶︎ ウルグ・ベク天文台完全ガイド
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/samarkand-sightseeing/ulughbeks-observatory/
です。
シャフリサブスは、
壮麗な建築が完全な姿で残る都市ではありません。
むしろここにあるのは、
破壊され、失われ、それでもなお語りかけてくる
帝国の記憶そのもの です。
サマルカンドの華やかな建築群とあわせて訪れることで、
ティムール帝国の全体像は、より立体的に見えてくるでしょう。