イタリアは、世界遺産の数が一番多く、その数は、55ヵ所になり、ローマも「ローマ歴史地区」と呼ばれ
数多くの建築物とともに世界遺産に指定されています。
1980年/1990年 ユネスコ文化遺産に登録
イタリアのローマおよびバチカンにあるユネスコの世界遺産で、登録は1980年で、ヴェネツィア広場を中心としたエリアが
登録されており、その後、1990年には、アウグストゥスの霊廟、ハドリアヌス帝の霊廟などが拡張登録されています。
住所:Via della Salara Vecchia, 5/6, 00186 Roma RM, イタリア
時間 |
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定休日 | 1/1、12/25 |
料金 |
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*1€(ユーロ)=130円相当
フォロ(フォルム)は、古代ローマの公共広場のことで、市民の生活の中心の場所でもあり、演説、祭り、集会など
各種行事が催される場所で、神殿やパリシカ(公共建築物)、凱旋門、記念碑などが立ち並んでいた。
そして、そのフォロ(フォルム)の中で古代ローマで最古の広場がフォロ・ロマーノで紀元前1世紀頃
ユリウス・カエサルによって本格的に整備され、初代皇帝アウグストゥスにより引き継がれていきました。
Matthias LemmによるPixabayからの画像
フォロ・ロマーノには数多くの遺跡があります。
主要なものは、回りやすいコース順に並べてみました。
- アントニヌス・ピウスとファウスティナ神殿
皇帝アントニヌス・ピウスが、141年に没した皇后大ファウスティナのために捧げた神殿。
後にアントニヌス・ピウス自身もここに葬られています。- バシリカ・アエミリア
マルクス・アエミリウス・レピドゥスによって紀元前179年に建設されたバシリカで金融の中心として
商取引などに使われていたおり、それ以外でもバシリカ・ユリアとともに重要な裁判が行われた。
410年の火事により溶けた貨幣の跡が今でも残っています。- クリア・ユリア(元老院議事堂)
ガイウス・ユリウス・カエサルによって起工され、アウグストゥスが紀元前29年に完成させたものを、
皇帝ディオクレティアヌスが再建したもので、シーザーが「ブルータス、お前もか?」と叫んで殺されたのは
この前と言われています。- セプティミウス・セウェルスの凱旋門
皇帝セプティミウス・セウェルスのパルティア遠征の戦勝記念として建設され、203年に完成した。高さ23m、幅25m。
白大理石の豪華な彫刻によって装飾されています。- ロストリ
演説をするために凝灰岩で造られた高さ3m、長さ12mの演壇。
ロストリとは船首を意味する言葉で、台の周囲に敵船の船首をはめ込んでいたことに由来しており、
キケロなどの雄弁家がここで弁をふるっていたそうです。- サトゥルヌス神殿
アエラリウムとも呼ばれ、共和制から帝政時代にかけて国家宝物庫として機能した神殿である。
12月のこの農耕の神サゥルヌスの祭りの日には、奴隷も主人と対等の無礼講が許され、人々が贈り物を贈りあい、
これがクリスマスの風習となったと伝えらています。- フォカスの記念柱
東ローマ帝国の皇帝フォカスによって、608年に建設された記念柱。
フォロ・ロマーノに建設されたローマ帝国による最後の建築物です。- バシリカ・ユリア
火災によって消失したバシリカ・センプロニアの跡に造営されたバシリカ。
ガイウス・ユリウス・カエサルによって起工された(皇帝アウグストゥスが12年に完成)ため、
バシリカ・ユリア(ユリウスのバシリカ)と呼ばれる。
5廊式の巨大建築物で、4つの民事法廷が開設されていました。- カストルとポルックス神殿
紀元前6年に皇帝アウグストゥスが造営を開始し、皇帝ティベリウスによって6年に完成した神殿。
古代ローマの金融の中心地で、度量衡の管理事務所が備えられていた。
神殿の基壇の高さは6.7mに達し、ヴォールト天井の倉庫が設けられています。- カストルとポルックス神殿
紀元前6年に皇帝アウグストゥスが造営を開始し、皇帝ティベリウスによって6年に完成した神殿。
古代ローマの金融の中心地で、度量衡の管理事務所が備えられていた。
神殿の基壇の高さは6.7mに達し、ヴォールト天井の倉庫が設けられています。- カエサル神殿
アウグストゥスによって紀元前29年に建てられた神殿。ディウウス・カエサルとは神君カエサルの意で、
紀元前49年にユリウス・カエサルが神格化されたことを受けたものである。
現在は神殿の基礎構造のみが残る。- ロムルス神殿
皇帝マクセンティウスが、夭折した息子ウァレリウス・ロムルスのために建設した神殿。
しかし、彼がミルヴィオ橋の戦いで戦死したため、未完となった。- ウェスタ神殿
ローマのすべての竈の火を象徴する神殿。
現在の遺構は、205年にセプティミウス・セウェルスによって建造されたもので、
フォロ・ロマーノで唯一の円形神殿である。
中に祭られる火は絶えず燃やし続けられ、これを管理する女性神官はウェスタの巫女と呼ばれていました。
また、この神殿に燃える炎は、ローマの生命を象徴する不断の聖火とされていたそうです。- 巫女たちの家
ウェスタ神殿の巫女たちの住居。- マクセンティウスのバシリカ
マクセンティウスが308年に起工し、コンスタンティヌス1世が312年に完成させたもの。
それまでの伝統的なバシリカとは全く異なるスタイルの建築物で、皇帝浴場の形態から着想したものと考えられています。
現在は北側の側廊のみが残り、ここでは夏にコンサートが開かれます。- ティトゥスの凱旋門
現存するローマ市最古の記念門で、ユダヤ戦争の戦勝記念として81年に建立されたもので、
高さ15.4m、幅13.5mあります。それ以外に下記のような建築物跡もあります。
- アウグストゥスの凱旋門
ディウウス・カエサル神殿とカストル・ポルックス神殿の間に建設された、戦勝を記念して造られた凱旋門。
現在はほぼすべて失われている。- レギア
ヌマ・ポンピリウス王によって建てられた王宮と伝えられる建築物。
紀元前36年にクナエウス・ドミティウス・カルウィヌスによって再建されました。
この再建において、ルーニ(現カッラーラ)の石切り場の大理石がローマで初めて用いられています。- ウェヌスとローマ神殿
女神ウェヌスと女神ローマの神殿。
皇帝ハドリアヌスが意図的にギリシア建築に倣った形式で設計したもので、
わざわざ小アジアから職人を招集して建設された巨大な国家記念建築物です。
現在は一部の遺構のみが残る。- タブラリウム
国家公文書館。紀元前78年に、独裁官ルキウス・コルネリウス・スッラによって建立されました。- コンコルディア神殿
初代皇帝アウグストゥスが起工し、次代のティベリウスが10年に完成させた神殿。
現在は基礎部分しか残っていません。- ウェスパシアヌス神殿
皇帝ドミティアヌスによって建設された神殿で、現在は3本のコリント式の柱のみが残るのみです。- ウェヌス・クロアキナ祠
かつてフォロ・ロマーノの中心に流れていたウェラブルムの小川の女神を祭った祠。
この小川はクロアカ・マキシマとして整備され、現在もフォロ・ロマーノの地下を流れる。祠跡はほとんど残っていない。- サンタ・マリア・アンティクァ聖堂
ローマ最古の教会堂のひとつ。皇帝宮殿の図書館を改装して利用されたが、9世紀に地震によって倒壊した。
21世紀になって発見され、修復されている。(Wikipedia一部参照)
住所:Piazza della Rotonda, 00186 Roma RM, イタリア
時間 |
9:00~19:15 (日曜:9:00~17:00/祝日:9:00~12:45)
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定休日 | 1/1、5/1、12/25、ミサの日 |
料金 | 2€(260円相当) |
公式URL | Pantheon Rome I | Official Website | Info, Tickets & Guided Tours (pantheonroma.com) |
*1€(ユーロ)=130円相当
パンテオンは、紀元前27年にアグリッパが創設した神殿を、建築家としても知られるハドリアヌス帝が
125年に円堂として再建したものです。
アーチとコンクリートという独特な技術を巧みに使ったローマ建築の傑作で、建物内部の完全な幾何学的空間をはじめ
構造や材料などギリシャの神殿とは好対照な造りになっています。
Waldo MiguezによるPixabayからの画像
円形本堂のドームは、直径と床から頂上までの高さが同じで、ともに、43.3mで、
ドームの中央には採光用の円窓(オクルス)がありそこから太陽の光がうす暗い堂内に注ぎ込むにように造られています。
ちなみに、オクルス=ラテン語で「目」を意味しています。
Volker GlätschによるPixabayからの画像
画家ラファエロや国王ヴィクトリオ・エマヌエレ2世など7つの墓があります。
パンテオンとパルテノン神殿ってなんだか間違えそうですね。
パンテオンは、「万神殿」と呼ばれローマの神々を祀った神殿で、パルテノン神殿は、女神アテナ1人を祀っている神殿です。
下がギリシャのパルテノン神殿です。
「ローマは一日にして成らず」と言われますが、ローマの街並みは、本当に美し、まさに世界遺産の街という感じです。
イタリアに旅行される際には、塩野七海著の「ローマ人の物語」を読んでいくとローマの興亡が知ることが出来
旅行がさらに楽しくなりまので、是非読んでから旅をしてみてください。
ローマは、世界遺産の魅力が詰まった街です。
是非、散歩しながら古代ローマ時代を堪能してください。