ウズベキスタンを代表する歴史都市 サマルカンド。
この町は、シルクロードの要衝として古代から栄え、
ティムール帝国時代に最盛期を迎えた、中央アジア屈指の文化都市です。
現在のサマルカンドの町は、
大きく3つのエリア に分けて理解すると、街の成り立ちと見どころが非常に分かりやすくなります。
サマルカンド観光の中心。
レギスタン広場を核として、モスクやメドレセ、霊廟が密集しています。
ティムール帝国期の壮麗な建築群が集中する、世界遺産の核心エリアです。
▶︎ レギスタン広場完全ガイド|ティムール帝国の象徴的建築群
https://weekend-abroad-travelers.com/asia-oceania/uzbekistan/samarkand-sightseeing/samarkand-crossroad-of-cultures/
19世紀以降、ロシア帝国〜ソ連時代に整備された街並み。
広い道路と公園、官庁建築が並び、旧市街とは異なる雰囲気を持ちます。
チンギス・ハーンの侵攻(1220年)以前、
古代マラカンダの中心だった場所。
破壊された都市の痕跡が、丘として今も残されています。
繁栄の象徴であるレギスタン広場とは対照的に、
「滅びの記憶」を伝える重要な遺跡エリア です。
ティムール帝国時代に築かれた数々の巨大建築は、
中国陶磁器の技法 × ペルシャの顔料 が融合して生まれた
深い青――「サマルカンドブルー」で彩られ、
現在は ユネスコ世界文化遺産 に登録されています。
2001年 ユネスコ文化遺産に登録
サマルカンド(古代マラカンダ)は、シルクロードの重要なオアシス都市として、古くから交易により
発展してきた町です。
1220年、チンギス・ハーンが率いるモンゴル軍に襲われて一度壊滅したが、150年後の1370年、中央アジアの遊牧民から
興ったティムール帝国の誕生とともに、その首都として華やかに再生しました。
太守ティムール(1336~1405年)は、サマルカンドに世界各地から、学者や芸術家、建築家、職人などを集め、壮麗な
モスクやメドレセ(神学校)をつぎつぎと建設し、美術、文学、天文学なども盛んになりました。
14~15世紀の中央アジアにおけるイスラム文化の粋が、この都市に集結しました。
16世紀初頭、ティムール帝国の崩壊とともに、町は、衰退したが「サマルカンドブルー」と呼ばれる青色に彩られた数々の建造物
が、当時の繁栄を今に伝えています。
なお、北東にあるアフラシアブの丘には、1220年に破壊された町が廃墟として残っています。
住所:M2F4+W7M, Toshkent yo’li, Samarqand, Samarqand viloyati, ウズベキスタン
| 時間 |
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| 定休日 | 無休 |
| 料金 | 40,000スム |
アフラシャブの丘から北東約1km、
チュバン・アタの丘に位置する、15世紀の天文台遺跡です。
この天文台は、ティムールの孫であり、
天文学者としても名高いウルグ・ベク によって建設されました。
1908年、ロシア人アマチュア考古学者 ヴィヤトキン により、
土中に埋もれていた遺構が発見されるまで、
観測場所は長らく謎とされていました。
現在残るのは、
円形天文台の基礎と、巨大な 六分儀の地下部分 のみですが、
当時は地下11m+地上部分を合わせて 高さ約40m、
弧長約63mにも及ぶ、驚異的な観測装置だったとされています。
ここでの観測結果から、ウルグ・ベクは
恒星年を「365日6時間10分8秒」 と算出。
現代の精密計測値との差は、わずか1分未満――
望遠鏡のない時代とは思えない、驚異的な精度です。
敷地内の博物館では、
天文台の復元模型や、彼の業績を分かりやすく展示しています。
入口の門が再建されています。
六分儀の遺構です。
敷地内に、天文台の復元模型やウルグ・ベグの功績などを展示した博物館があります。
天文台の復元模型です。
住所:A 9, Termez St, Samarkand, Samarqand Region, ウズベキスタン
| 時間 |
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| 定休日 | 無休 |
| 料金 | 25,000スム |
アフラシャブ博物館から北東へ徒歩約10分。
小川のほとりに建つ霊廟で、
紀元前4〜3世紀の預言者 ダニエル を祀っています。
伝承によれば、
ダニエルの遺骨は14世紀にティムールによってイランから運ばれ、
全長18mにも及ぶ長い墓が造られました。
「100年ごとに骨が成長するため、墓が長い」という伝説も残り、
イスラム教・キリスト教・ユダヤ教の信徒から
宗教を超えて崇敬されています。
霊廟の麓には 聖水 が湧き、
多くの人が水を汲み、祈りを捧げる姿が見られます。
ここから水を汲んで飲んでいる人がたくさんいました。
住所:MX9V+P89, Toshkent yo’li, Samarqand, Samarqand viloyati, ウズベキスタン
| 時間 |
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| 定休日 | 無休 |
| 料金 | 40,000スム |
アフラシャブの丘の麓に建つ博物館で、
モンゴル侵攻以前のサマルカンドの姿を伝える貴重な資料が集められています。
アレクサンドロス大王時代のコイン、
ゾロアスター教の祭壇、偶像などに加え、
最大の見どころは 7世紀のフレスコ画。
ソグド人領主の宮殿跡から出土したこの壁画には、
婚礼行列や、中国・朝鮮半島からの交易使節の姿が描かれ、
当時の国際都市サマルカンドの姿を生き生きと伝えています。
地層ごとに文化の跡が違うのがわかります。
アフラシャブの丘の全景です。
アフラシャブの丘は、
13世紀以前のサマルカンドが存在した場所です。
現在もユネスコの管理下で発掘調査が続けられ、
11層にも及ぶ文化の堆積 が確認されています。
かつての町は城壁に囲まれ、
4つの門を通じてシルクロードと結ばれていました。
当時の記録には、
「舗装された道」「各家庭に引かれた水道」「緑あふれる都市」
――人が見た中で最も美しい眺めのひとつ
と記されています。
しかし、モンゴル軍による給水システムの破壊が、
都市衰退の決定的な要因となりました。
現在は、
静かな丘の上から、現代のサマルカンドを見下ろすことができます。
※アフラシャブの丘エリアは、レギスタン広場など旧市街中心部からやや離れているため、
時間に余裕のある日程で組み込むのがおすすめです。
所要時間目安:半日
(天文台+博物館+ホジャ・ダニエル廟)
サマルカンドは、
単に「美しいイスラム建築が並ぶ世界遺産の街」ではありません。
アフラシャブの丘に眠る古代ソグドの都、
モンゴル軍による破壊と消失、
そしてティムール帝国の首都としての劇的な再生――
この町には、興隆と衰退を繰り返してきた人類文明の記憶 が、幾層にも折り重なっています。
レギスタン広場に象徴される
サマルカンドブルーの壮麗な建築群は、
その最も華やかな一瞬を切り取った姿にすぎません。
一方で、アフラシャブの丘を歩けば、
繁栄の裏側にあった都市の脆さや、
文明が水とともに生まれ、水とともに失われた事実にも気づかされます。
東西の文化・宗教・科学が交差したこの地は、
まさにユネスコが「文化交差路」と名付けたにふさわしい場所。
過去を知ることで、目の前に広がる風景の奥行きは、
何倍にも深く感じられるはずです。
サマルカンドを訪れる際は、
ぜひレギスタン広場だけでなく、
古代都市の記憶が眠るアフラシャブの丘にも足を運び、
青の都が歩んできた、2000年以上の時間 を体感してみてください。
それこそが、
この世界遺産を「見る」から「理解する」旅へと変えてくれるはずです。