日本は、明治に入り、急速な近代化を果たしております。
そんな足跡をたどることがある世界遺産は、日本各地に散らばっています。
特に、九州エリアが多く、その中でも長崎エリアが最も多く、有名な遺構もたくさんあります。
今回は、ご紹介するのは、産業革命遺産の中心である「旧グラバー住宅」を紹介します。
2018年 ユネスコ無形文化遺産に登録
明治日本の産業革命遺産は、構成資産は、岩手県から鹿児島県にまたがる次の8エリアに点在する幕末の1
850年代から明治末期の1910年までの23資産(*は非公開)。
登録地域の面積は、構成資産 306.66ヘクタール、それを保護する緩衝地帯 2,408.33ヘクタール。
エリア1:萩
エリア2:鹿児島
エリア3:韮山
エリア4:釜石
エリア5:佐賀
エリア6:長崎
エリア7:三池(2)
エリア8:八幡(2)
住所:〒850-0931 長崎県長崎市南山手町8−1
時間 | 8:00~18:00(最終入園受付は20分前)となります。 |
定休日 | 無休 |
料金 | 大人:620円/高校生:310円/小・中学生:180円 |
公式URL | グラバー園公式ウェブサイト (glover-garden.jp) |
グラバー園では9棟の伝統的建造物を見ることができます。(*黄色は、見学したもの)
施設内はこんな感じです。
(グラバー園HPより)
貿易商であり、グラバー商会を設立したトーマス・ブレーク・グラバーが住んでいた日本最古の木造洋風建築で、
1961年(昭和36年)6月7日、主屋・附属屋が国の重要文化財に指定されました。
トーマス・ブレーク・グラバーは、スコットランド出身の商人で、武器商人として幕末に活躍した人物で、長崎に「グラバー商会」
を設立し、坂本竜馬が設立した「亀山社中」とも取引を行い、薩摩藩の五代友厚や森有礼などの海外留学の手引するなどし、
また、グラバーは、三菱財閥の創設者・岩崎弥太郎とも元々交流を持っており、後に三菱財閥の相談役や経営危機に陥ったスプリング・バレー・ブルワリーの社長となり再建参画を勧めて後の麒麟麦酒(キリンホールディングス)の基礎を築くなど西洋文化を取り入れ、
近代にむかって突き進む日本に対してあらゆる面で貢献した人物です。
また、フリーメーソンのメンバーであったとも言われています。
旧グラバー邸には、グラバー像があります。
グラバー住宅は、日本最古の木造洋風建築で、1863年に大浦天主堂等の建設を請け負った天草の小山秀之進
が建設に携わったと言われ、コロニアル様式と日本の伝統的な建築技術を融合させ、半円形を描く寄棟式の屋根や、
広いベランダ、石畳に並ぶ円柱間のアーチ型欄間などの特徴が見られ、日本瓦や土壁など日本の建築技術が用いられています。
下が、グラ―バー住宅の模型図です。
旧グラバー住宅には、秘密の隠し部屋があり、利用用途は、フリーメーソンや幕末の志士を匿うためだったり
都市伝説みたいな話がたくさんあります。
温室の中にあるこちらの彫刻の狛犬は、キリンビールのラベルのもとになったもので、ラベルの麒麟に太い髭が描かれているのは
キリン社の前身であるジャパン・ブルワリー・カンパニーの社長を務めたグラバーの口髭を基にしたと言われています。
ウォーカー商会を設立したロバート・ニール・ウォーカーJrの旧邸。
もとは大浦天主堂のそばに建てられ、移築された建物のほかに台所と和室がありました。
ドックハウスとは、船が修理などのためにドックに停泊している間、船員たちが宿泊するための施設です。
この洋風建築は、1896年(明治29年)に三菱造船所第二船渠の建造にともない、船渠の傍らに建築されました。
日本人初の西洋料理店シェフとなった草野丈吉のレストラン「自由亭」の建物。建物は1878年(明治11年)に建てられ、
昭和49年にグラバー園に移築される前には検事正官舎として使われていました。
長崎観光では、絶対行くべき旧グラ―バー園。
日本の近代化の基礎を作った人達の姿を想像しながら散策してみてはいかがでしょうか?