一度失われ、そして蘇った“天女の舞”
カンボジアを代表する伝統舞踊といえば、アプサラダンス。
優雅でゆったりとした動き、反り返るようにしなやかな指先、黄金の装飾をまとった踊り子たちの姿は、
まさに「天女の舞」と呼ぶにふさわしい芸術です。
「アプサラ(Apsara)」という言葉は、古代インド神話に登場する天女(アプサラス)に由来します。
天界の水辺に住み、神々をもてなす存在とされ、その姿はアンコール・ワットをはじめとする
アンコール遺跡群のレリーフにも数多く刻まれています。
現在目にするアプサラダンスは、
9世紀〜15世紀に栄華を極めたアンコール王朝時代の宮廷舞踊が起源とされ、
王や貴族のためだけに踊られていた、極めて格式の高い舞踊でした。
アプサラダンスの歴史を語るうえで避けて通れないのが、
ポル・ポト政権時代(1975〜1979年)の悲劇です。
この時代、古典芸能や知識人は徹底的に弾圧され、
アプサラダンスに関わる約90%の踊り子・指導者が処刑されたと言われています。
振付や所作を記した書物も多くが失われ、
アプサラダンスは一度、歴史の中から消え去った存在となりました。
しかし、難を逃れたわずかな踊り子たちの記憶と身体に刻まれた動きにより、
1989年、アプサラダンスは奇跡的に復活。
現在では、カンボジアを代表する文化遺産として国内外に広く紹介されています。
アプサラダンスが、王侯貴族のために磨かれてきた宮廷舞踊だとすれば、
カンボジアには、より民衆の生活に根ざした語りの芸能があります。
それが、スバエク・トーイ(Sbek Toch)と呼ばれるカンボジアの伝統的な影絵です。
牛革を透かして作られた人形を操り、
ラーマーヤナなどの神話や叙事詩を、
語り・音楽・影によって表現する芸能で、
アプサラダンスと同じく、アンコール王朝時代に起源を持つ伝統文化です。
シェムリアップは、実はこの影絵文化の発祥地とも言われており、
かつては市内レストランでも鑑賞することができました。
▶宮廷舞踊アプサラと対をなす、カンボジア伝統影絵「スバエク・トーイ」についてはこちらの記事で詳しく紹介しています
現在、アプサラダンスはシェムリアップやプノンペンを中心に、
レストランや専用劇場で鑑賞することができます。
初めての方や、食事と一緒に楽しみたい方には、
下記のようなツアー利用がおすすめです。
そんな一度は失われた伝統舞踊アプサラダンスを下記のツアーなどで見ることができるます。
伝統舞踊アプサラダンスショー鑑賞+ビュッフェディナー<送迎選択可>*当日15時まで予約可プランあり
私がアプサラダンスを鑑賞したのは、
シェムリアップ市内にある老舗レストラン 「クレーンⅡ(KoulenⅡ Restaurant)」。
住所:#5, Street Sivutha, Mondul 2 Village, Siem Reap
| 営業時間 | 11:00~22:00(ビュッフェスタイルは、18:00から) |
| 定休日 | 無休 |
| 上演時間 | 19:30~20:30 |
| 料金 | 12$(ビュッフェのディナー付き) |
| 公式URL | https://www.koulenrestaurant.com/ |
※2026年現在、クレーンⅡレストランではビュッフェディナーにあわせてアプサラダンスを中心とした
伝統舞踊ショーが上演されています。
料金は目安として12USD前後となっており、最新情報は現地またはツアー会社での確認をおすすめします。
観光客向けではありますが、広々とした会場で、料理の種類も多く、「初めてのアプサラダンス鑑賞」には安心できる定番スポットです。
アプサラダンスで最も注目したいのが、手と指の動き。
反り返るような独特の形には、すべて意味があります。
その動きは、生命の循環を表現していると言われています。
写真でよく見る、指先が外側に反った動きは
「葉が出る」ことを表現した所作です。
また、手だけでなく、頭の傾き、腕の高さ、足の位置や広げ方まで細かく意味が込められており、
一つひとつの動きが物語を紡いでいます。
アプサラダンスの最後に披露される演目では、
天女たちが花咲き誇る庭園で戯れる様子が描かれます。
中央に立つ白い衣装の天女は、
「ホワイト・アプサラ」と呼ばれ、
踊り子たちの憧れの存在とされているそうです。
静かでありながら華やかなこの場面は、
多くの観客が息をのむ、まさにクライマックスです。
今回のクレーンⅡレストランのアプサラダンスの模様をダイジェストでまとめてみましたので興味があれば是非ご覧ください。
舞踊が終わると、
観客が舞台に上がって踊り子たちと記念撮影をすることができます。
華やかな衣装を間近で見られる貴重な機会なので、ぜひカメラを準備しておきましょう。
一度は歴史の中から消えかけ、
人々の記憶と身体に刻まれた所作によって、
再びこの地に蘇ったアプサラダンス。
その優雅な動きの一つひとつには、
アンコール王朝の栄華、失われた時代の痛み、
そして今を生きるカンボジアの人々の祈りが込められています。
昼間に訪れたアンコール遺跡のレリーフに刻まれた天女たちが、
夜になり、目の前で静かに命を吹き返す——
アプサラダンスの鑑賞は、そんな不思議な体験です。
バリ舞踊とも、タイ舞踊とも異なる、
クメール独自の精神性と気品を感じる「天女の舞」。
アンコール遺跡観光の夜には、
ぜひ一度、この地が育んできた無形の文化遺産に触れてみてください。
きっと、旅の記憶をより深く、豊かなものにしてくれるはずです。