ガラリヤ湖は、ヨルダン渓谷が陥没してできた、南北約20㎞、東西約12㎞のこの地方最大の淡水湖で
ティベリアの地域の中心にあります。
ガラリヤ湖の北西の湖畔にあるタブハ(Tabgha村)は、イエスの足跡を辿るうえで欠かせないエリアで
聖書にゆかりのある場所がいくつもあります。
住所:Tabgha, イスラエル
時間 | 8:00~16:45 |
定休日 | 無休 |
料金 | 無料 |
イエスが2匹の魚と5つのパンを祝福して増やし、説教を聞きに集まったという5000人を満腹にさせたという奇跡で、
4つの福音書全てに書かれています。
マタイによる福音書 第14章 17-20
弟子たちは言った、「わたしたちはここに、パン五つと魚二ひきしか持っていません」
イエスは言われた、「それをここに持ってきなさい」
そして群衆に命じて、草の上にすわらせ、五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福し、パンをさいて弟子たちに渡された。弟子たちはそれを群衆に与えた
みんなの者は食べて満腹した。パンくずの残りを集めると、十二のかごにいっぱいになった。
ここには、350年には、修復されていますが、教会が建てられ、6世紀には、修復されたが、20世紀に発掘、
再建されベネディクト会の修道院となりました。
会堂には、ビザンツ時代のモザイクの床が見事に残り、奇跡の話に出てくる2匹の魚は、もちろん、蛇や鳥。
そして、様々な草花が描かれています。
教会内のモザイク画がどこにあるかわかりますね。
下が有名な2匹の魚とパンのモザイク画です。
他にも、綺麗なモザイク画が見事です。
見事なモザイクです。
住所:Tabgha, イスラエル
時間 | 8:00~12:00 14:00~17:00 |
定休日 | 無休 |
料金 | 無料 |
イエスがペテロとアンデレに出会った場所に建てられた教会です。
聖書によるとここで、復活したイエスと弟子が食事をしたそうです。
聖書には、下記の内容でやり取りが描かれています。
ヨハネによる福音書:第21章4節~13節
既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。
イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。
イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」
そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。
イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。
ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。
さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。
イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。
シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。
イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。
イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。ヨハネによる福音書:第21章15節~17節
食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。
二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」
ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。
三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」
ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」
イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。」
教会のファサードはこんな感じです。
復活したイエスが弟子たちに食事を与えたという食卓(メンザ・クリスティ)が祭壇になっています。
住所:Emek HaYarden イスラエル
時間 | 8:00~17:00 |
定休日 | 無休 |
料金 | 10ILS |
公式URL | カペナウム |Custodia Terrae Sanctae |
「慰めの村」を意味するカペナウムは、ダマスカスを経て、バビロンに通じる道の中継地点として10世紀頃まで栄えていました。
マタイによる福音書には、下記が書かれています。
聖マタイによる福音書(第4章:12節-17節)
イエスは、ヨハネが捕らえれたと聞き、ガラリヤに撤退しました。
そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。
それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
「ゼブルんの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガラリヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、
死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。
門から中に入ると、小道の両脇にユダヤ教に関する模様が浮き彫りにされた石柱や鴨居の一部が並んでいます。
5世紀に建てられた白いシナゴーグは、それ以前にあったイエスの時代に使われたシナゴーグの上に建てられたものと考えられています。
この建物の中央の下には、5世紀頃に建てられた八角形の教会跡があり、その下に、ペテロの家と思われる民家の構造体が見えます。
足元に魚、右手に天国の鍵、左手に羊飼いの杖を持っています。
イエスのこれらの活動にもかかわらず、カペナウムの人たちは悔い改めなかったので、この町は「ハデスに落とされる」と
滅びることを預言しました。
マタイのよる福音 第 11章23,24節
カペナウムよ、汝は天にまで擧げらるべきか、黄泉にまで下らん。汝のうちにて行ひたる能力ある業を、ソドムにて行ひしならば、今日までもかの町は遺りしならん。
されば汝等に告ぐ、審判の日にはソドムの地のかた汝よりも耐へ易からん。
ナザレからティベリア方面を経由して、Tagaha村まではこんな感じで向かいました。
Nazareth Central Station
City Hall
Police
Kfar Nahum intersection
バスのルートは時間により結構変わります。
まさに、聖書の中の世界で、イエスが宣教を始めた場所であるガラリア地方。
現在は、人が住んでいないエリアです。